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本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!
2023/04/06 更新
本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
文庫
11文字の檻
著者:青崎有吾
出版社:東京創元社
「ヤバい」という一言に色んな意味と使い方があるように、「マジか」にも様々なバリエーションがある。
驚きを表した「マジか!」を標準的な①とすると、②は意外に思うときや疑っているときの「マジか?」である。③は残念なときや哀しい気持ちを表す「マジか…」で声のトーンを落として尚且つ暗めにつぶやくのが基本である。
うれしい時はテンション高めの「マジか~」となり、文字通り幸せの④だ。
④の発展形として、サプライズでプレゼントをもらったり食事をおごってもらったりして最高潮の状態を表す「マジっすか!!」がある。さらに女子から誘われたときの嬉し恥ずかし「マ、マジですか♥」もあるが、残念ながら私にはそんな機会は全く訪れないので非公認とする。
よく遭遇するのは、やはり③の哀しき「マジか・・・」である。
毎朝出勤する時、妻に駅まで送ってもらう。いつも車の後部座席に乗る。移動中は話をすることもあるが、私はスマホでメールを確認し、妻は運転しながらTVの音声を聴いていることが多い。ちょうど「Oha!4(おはよん)」が終わり「ZIP!」の水卜麻美アナウンサーが恒例である今朝のコメントを述べられている早朝5時50分頃だ。
やがて福山城が見えてくる。最近は日の出も早まり、朝焼けに照らされた満開の桜が楽しめる。私はカバンを引き寄せて降りる準備をする。だが、運転しながらニュースに聴き入っている妻は車を停める気配がなく、そのままぐるっとロータリーを回って自宅に向かって車を走らそうとしている。え~っ、なんで!降ろしてくれ~
「あっ!お父さんを乗せとったんじゃ。ごめんごめん」と慌てて車を停める妻。
送ってもらっているので文句は言えない。③の「マジか…」を小声でつぶやくだけだ。それにしても私は、そんなにも存在感がないのだろうか?
笑ってごまかそうとして「行ってらっしゃ~い」と普段より明るく、ほがらかに送り出してくれる体形だけはミトちゃん超えの妻。でも、彼女が本物のミトちゃんだったらなぁ~、おじさん「ブラボー!!」って叫んじゃうんだけどな。
帰宅時は息子が駅まで迎えに来てくれる。彼は運転席でスマホを見ながら待っていた。
朝と同じく後部座席に乗り込もうとドアを開ける。荷物が置いてあった。買い物帰りのようだ。向こう側に寄せれば乗られるが、疲れていて動かすのもめんどくさい。今日は助手席に座ろうと思い、開けたドアを一旦閉めた。その瞬間、信じられないことが起こった。ドアを閉めた音がしたとたん、私がもう乗り込んだと勘違いした息子が確認もせず発車させたのだ。
取り残された私は、走り去っていく愛車を唖然として見つめていた。まっすぐ前を向いて運転している息子の横顔も見えた。普通気づくじゃろ~、またしても「マジか・・・」とつぶやくことしか出来なかった。
だが息子も「マジか!」と驚いただろう。家に帰って後ろを見ると、乗っているはずの父親が居ないのだから。ホラーかよ。
心配してはいけないとLINEでことの次第を送り、歩いて帰ると告げた。家まで30分ぐらいかかるが、これまでも時々は歩いて帰っている。高架下を歩けば近いのだが、明るい駅前の方を行くことにする。しばらくは居酒屋や塾があり他にも通行人がいたが、やがて私一人になった。
そんな頃だ。爆音を轟かせて一台のバイクが対向車線をこちらに向かってやって来た。ヘルメットはかぶるというより、ちょこんと頭に乗せている感じだ。後部座席は大きな背もたれみたいなものがそびえ立っており、とにかく一目で“やんちゃ君”のバイクだとわかる。
目を合わせてはいけないとチラッとだけ見て立ち止まる。信号が赤になったのだ。そのバイクは信号なんて無視してそのまま走り去るのだと思った。なにしろ“やんちゃ君”ではあるし、交差点には私とそのバイクだけで歩行者はおらず、車も通っていなかったからだ。
でもバイクは止まった。空ぶかしはしているものの、きちんと停止線で信号が変わるのを待っている。もしかして見せかけだけの“やんちゃ君”なのか?
だが、さらに驚いたのは信号が変わった時だ。全く車は走っていないのに、右を見て左を見て、また右を見て、しっかり確認した後でゆっくりとバイクを発進させた。こんな安全運転の“やんちゃ君”を今まで見たことない。真面目か!
本日3度目の「マジか!」だった。でも爆音がなければ「ブラボー!!」だったのに惜しいなぁ。
『11文字の檻 青崎有吾短編集成』 青崎有吾 創元推理文庫
「体育館の殺人」をはじめとした論理的な謎解き長編に加え、短編の書き手としても人気を集めてきた青崎有吾。JR福知山線脱線事故を題材とした「加速してゆく」、全面ガラス張りの屋敷で起きた不可能殺人を描く本格推理「噤ケ森の硝子屋敷」、最強の姉妹を追うロードノベル「恋澤姉妹」、掌編、書き下ろしなど全8編。著者による各話解説も収録した、デビュー10周年記念作品集。
驚きの「マジか!」も、ちょっと哀しい「マジか・・・」も、バラエティに富んだ色んなタイプの「マジか」が詰まった1冊。
なかでも「マジか!」の集大成のような「11文字の檻」がすごい。
彼は東土政府の更生施設に収監された。いわゆる思想的に問題があるとされたのだ。だが出所するチャンスはある。パスワードを当てるのだ。それは東土政府に恒久的な利益をもたらす11文字の日本語だ。条件は多岐にわたる。句読点、〈!〉や〈?〉等の記号、アルファベットは含まず、漢字、長音記号、拗音や促音の小書き文字も1文字として扱う等々。
マジか?冗談だろ、と誰もが思う。どれだけの言葉の組み合わせ、種類があるというのだ。でも彼は冷静に考え、行動し、ヒントを掴んでいく。読みながら何度「マジか!」と思っただろう。皆さんも、ぜひ本書でお確かめ頂きたい。
余談だが、妻と昔ばなしをする時は注意が必要だ。「この映画、一緒に見たよね」なんて言った時、「そうだっけ?」と返されるとドキッとする。よく考えると、その時の相手の女性は妻ではなかったのだ。この場合は、「マジか」より「ヤバい」である。
夫婦間においては、ついうっかり言ってしまった一言が「マジでヤバい」、ということがあるのだ。皆さんもお気をつけ下さい。