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本さえあれば、日日平安

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長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2021/10/31 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


フィクション

駆ける 少年騎馬遊撃隊

著者:稲田幸久

出版社:角川春樹事務所

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駆ける 少年騎馬遊撃隊

初めてのボーナスで革ジャンを買った。その全てをつぎ込んだわけではないが、7万円ぐらいしたはずだ。
36年前の7万円と言えば大金である。もちろん今でも、というか今の方がもっと大金に思える。お小遣い何か月分?
独身で実家暮らしのなせるわざだ。

話はさらにさかのぼる。大阪で大学生だった頃、ダイエーで買ったメーカー不明の安いスタジャンを着ていた。
休日オートバイに乗った友人が、予告なしにヘルメットを抱えて迎えに来た。当時友人のうち3人がバイクに乗っていた。そのうち一人はホンダCB400だったと思う。下宿でひとりくすぶっていた私を、河内長野の関西サイクルセンターまで遊びに連れ出してくれたのだ。
バイクの後ろに乗っけてもらっただけだが、あの風を切って“駆ける”という感じが、何とも爽快だったのを覚えている。

友人は革ジャンだった。それから私の中でバイクと言えば走るというより“駆ける”、そして“革ジャン”となった。
それでも「バイクの免許を取りたい!」とはならず「革ジャンが欲しい!」となった。形から入るタイプなのだ。
初めてボーナスを手にした時、迷わず買いに走った。いや、駆けた。目指すは福山サントーク。

購入は迷わずではなく、かなり迷った。決め手はショップの店員さんの何気ない一言だった。
対応してくれたのはフレンドリーな男性スタッフだった。しばらく話していると「お客さんの仕事を当てましょうか?」と言われた。

「本屋さんかパン屋さん・・・、う~ん、雰囲気的にはやっぱり本屋さんかな」
「えっ、わかるんですか」と聞き返すと「なんとなくね」と笑っていた。

プロは見た目で職業まで分かるものなのか? それとも書店員オーラが出まくりだったのだろうか?
そんなはずはない。まだ入社一年目、書店員としてやっていけるのか、海のものとも山のものともわからない。後に監査部部長になられるM店長にビシバシ鍛えられていた頃だ。次々と矢のように指示が飛んできて、あっぷあっぷな状況になっていた。
今なら3本に1本はしれっと避けるだろうが、新人なので全部まともに受けていたのだ。

勤務していたのは郊外店1号店、そして売上も当時の一番店。忙しさがハンパなかった。春休みが終わり大学生のアルバイトも夜間だけのシフトになり、今では考えられないくらいの入荷量(そして返品)を倉庫で捌いていた。

ほぼ一日中、“季節を肌で感じられる”倉庫での作業、忙しい時にはレジ応援に呼ばれ、外商さんが手一杯の時には代理で配達に行った。確かに毎日大量の本を手にはしていたが、右から左に動かしていただけだ。
分野の担当は持っていないので棚の管理はしない。自分で仕入れ、見せ方を考え、POPを付け、売ったと言える本は、まだ1冊もなかった。
自分は何者か、ここで何をしている、これで書店員と言えるのか…

「駆ける 少年騎馬遊撃隊」 稲田幸久 角川春樹事務所

吉川元春に拾われ馬術を見出された少年・小六。 尼子再興を願う猛将・山中幸盛(鹿之助)。ともに戦火で愛する人を失った二人の譲れぬ思いが、戦場でぶつかる。第13回角川春樹小説賞受賞作

尼子と吉川(毛利)の双方の視点で描かれている本作は、語り手が変わるたび、どちらか一方に気持ちが傾く。ただ読み返すと、どちらにもつかず、と言うよりどちらにも寄り添いながら、俯瞰して物語を追うことが出来た。
それは双方ともに、生きる原動力ともいえる共通点を見出したからだ。

自分は、まだ何事もなしえていない、このまま終わるわけにはいかない。登場人物の誰もが、その気持ちだけで前に進んでいる。
その時代に生きる者が持つ揺るぎない信念。その時代、その場所で生きるがゆえに、戦わざるを得なかった男たちの悲哀。
感動歴史エンターテインメントの誕生!

あの時、書店員に見てもらえたのが嬉しかった。自分は何者でもないと思っていたからだ。こんな私でも書店員らしく感じる“何か”が身についてきているのだ。
似合うかどうかより、そう言われたことに気を良くして、勧めてくれた革ジャンを「じゃあ、これ買います」と購入した。
値段を確認せずに…

あの7万円は本を買うべきだった。自分は書店員として、まだ何事もなしえていない。
でも、今もそう思っているから、まだ書店員が続けられているのだ。

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