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本さえあれば、日日平安

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長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2022/01/09 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


文庫

草々不一

著者:朝井まかて

出版社:講談社

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草々不一

昨年末のこと。妻から手紙を渡された。何事かと身構えたが、「そんなに驚かんでもええでしょ~、ラブレターよ!ラブレター!」
恐る恐る開けてみる。感謝状と書いてあった。

「今年も一年よく働きましたね~。そして私にも無理を言うこともなく、たくさん忍耐してくれたことを感謝します。よくほめてもいただけるので・・・豚も木にのぼる~で木の上で曲芸までこなせる気持ちになります。 (中略) では、来年もよろしく!」

手紙をもらうのは素直にうれしい。でも感謝すべきは私の方だ。毎朝5時起き、お弁当も作ってくれている。
たぶん、その後でまた寝るのだろうけど…、それにしてもありがたい。

30数年前、彼女とは同じ店で働いていた。私は理工書や教育書などの専門書担当、彼女は文庫担当だった。もちろん店のみんなには内緒でつきあっていた。
以前もコラムで書いたことがあるが、隣県の店で店長補佐をしていたスタッフが長期間お休みすることになり、1ヶ月くらいレンタル移籍したことがあった。しばらく会えなかったが、その間に彼女は故郷の鳥取に帰ってお見合いをしていた。

彼女は年上でアラサーだった。両親からせっつかれていたし、ハッキリ決めない私にも業を煮やしていた。でも仕方ないではないか。26歳の私は若造というより、まだお子様だったのだ。いまでも歳のわりに世間知らずなところがあるが・・・

元の店に戻った初日、お昼の休憩中に喫茶店に呼び出され、その事実を聞かされた。もう話は随分進んでいるらしい。
「今度は年下の可愛い彼女ができるわよ、じゃあね」と言われた。
来る者は拒まず、去る者は追わない主義だったので、「まあ、ええか…」と思った。

「そう、やっぱり年下だよな~」、「でも、いいんか?引き止めんで」という二つの声が聞こえた。
マンガの世界だけかと思っていたが、本当に出てくるんだ。頭の上に現れた天使と悪魔。

午後の勤務が始まり補充品を棚に出していた。NECのPC-88とかPC-98とかパソコンが出始めの頃で、「入門BASIC」、「C言語」、「MS-DOS」といった本を棚に並べていた。その間も、天使と悪魔がせめぎあっていた。「も~うるさい!ほっとけや!」、振り払おうと頭の上で手を振った。棚の前で独り言をいう私は、ちょっとアブない店員に見えたかも知れない。

社会人になって丸3年が過ぎていたが、新人のような失敗ばかりだった。あきれ顔の他の女性スタッフと彼女は違っていた。励ましてくれ、文字通り姉のようだったのだ。思い出していると、書名が滲んで見えてきた。

『草々不一』 朝井まかて 講談社文庫
身分としきたりに縛られた暮らしにも、切なく可笑しい人生の諸相がある。珠玉の時代短編集。

なかでも「蓬萊」がよかった。
 
三浦家の四男である平九郎。家督を継ぐのは長男。次兄は頭も見目も良く元服前に養子に行き、三兄も婿養子に入った。生家に居残っているのは26歳になる平九郎のみ。いわゆる厄介者だ。
そんな彼に家禄千石という格上の家から婿養子の話が舞い込む。遥かに格下で、大した持参金も用意できず、才も人柄も凡庸な男を婿に欲しいなどと、何か理由があるに違いない。

果たして相手は、噂では“遊びが過ぎる”女子だ。醜行が祟って格上や同格の家からは婿の来てがなく、望みを下げて下げて平九郎に白羽の矢を立てたのに違いない。
断れるはずもなく祝言の日。「よう、婿に入ってくださった」と歓迎される。それほどの娘なのか?ますます不安になる平九郎。
何せ一度も会っていないのだ。

行燈の明かりのなか、「かほどに美しい女が、俺の妻女になったのか。」、驚くほどの美人だった。
見惚れていると彼女は、「初めに、お願いしたい義がござりまする」と三つの条件を口にする。

「私は朝が苦手にござります。殿のご出勤時には起きられませぬので悪しからず」
「それから、私が外出をいたしました折には行先についてお訊ねはご無用に願いまする。」
「そして一日の終わりには必ず、その日にあった出来事を私にお話しくださること。」

朝は起きられぬから、身支度の手伝いも見送りもせぬ。外出先は一々、詮索するな。それでいて、毎日、その日にあったことを報告しろ。
夫にそう宣言したのか、この女は!

唖然とする平九郎に、「床入りを早う済ませてしまいましょう。」と白い手が手招きする・・・
どうする平九郎、上手くいくのかこの夫婦。結末は本編で。

「ちょっと待った!」、私は一大決心をして鳥取に向かった。だからいま、こうして彼女から手紙をもらえる。

あの時、「早う止めに行き」と私の背中を押してくれたのは、本当に天使だったのか?と思うこともある。
いまさら、どちらでもいいのだ。深くは考えない。詮索もしない。
夫婦によって、幸せのかたちは様々なのだ。

「帰りにバナナ買ってきて~、でもよく見て選ぶんよ!」
「はい!よろこんで」

手紙に書いてあったけど、木の上で曲芸はせんでもええよ。もういい歳なんだから。今年もよろしく!

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