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本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!
2022/02/01 更新
本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
文庫
ま・く・ら
著者:柳家小三治
出版社:講談社
今年は寅年。そして私は年男。
「トラ年生まれのひとは、意志が強く、どんなことにも挑んでいく勇気の持ち主」
コア福山西店の大本さんが紹介されている『とらはえらい』(五味太郎/クレヨンハウス)で知った。
強くて勇気があるなんて、お褒め頂き恐縮です。
でも、どんなものにも例外はある。大阪人がみんな面白いとは限らないように、トラ年生まれでも優柔不断で安定志向の人はいるのだ。
大本さん、期待外れで、なんかすんません。
トラ年生まれというと必ず「見えな~い」と返される。「じゃあ、なに年に見える?」と聞くと、多くは「ひつじ年かな~」との答え。
調べると、ひつじ年生まれは“穏やかで人当たりがいい”とある。
いい人っぽく思われるのは嬉しい。だが若い頃、特に女性から言われると“男として、それってどうなんよ?”と思っていた。
「実は羊の皮をかぶった狼なんよ」と強がったこともある。だが「オオカミ?どちらかといえば、羊の皮をかぶった…ロバかな」とある女子から言われた。
西洋において「ロバは愚鈍さの象徴」だそうだ。確かに童話でも愚かな頑固者として登場する。トラでもオオカミでもなくロバだなんて・・・トラ年生まれは、やはり私には似合わないようだ。
ちなみに、「ロバかな」と言ったその時の彼女が、いまの妻です。
生まれ年ではしっくりこないので、星座と血液型で調べてみた。私は蟹座のA型。優しい、堅実、真面目で常識を重んじる、とあった。一方で変化が苦手、繊細で傷つきやすいとも書かれていた。なんだか、こっちの方が私に合っているように思う。
まあ、どちらにしても、オジサンの個人情報なんかに皆さん興味はないでしょうが・・・
占いで思い出したことがある。30代後半だったから20年以上前のことだ。出版社から招待され会社の代表としてひとりで東京に行った。説明会の後は講演会(確か「クレヨンハウス」の落合恵子さん)、そして懇親会も終わり、ホテルに帰ろうとしたら関西の他書店の方から誘われた。これから、また別の出版社の人と会うので一緒に行きませんかと。つまり飲みませんか?ということだ。
私はお酒がまったくダメだ。でもここで断るわけにはいかない。
懇親会の時、個人的には初めてお会いする方でも社名を告げると、「あっ尾道の啓文社さんですか!遠いところありがとうございます」、「〇〇店長はお元気ですか?若い頃とてもお世話になったんですよ~」と言われた。
私は社の代表として来ている。私の言動が会社のイメージになるのだ。積極的な姿勢を示さなければならない。
「ご一緒させてください。お願いします!」と答えていた。
タクシーを降り、少し歩いた。ある文字を目にして固まった。歌舞伎町とあった。
店の扉を開けると一斉に華やかな声が聞こえてきた。薄暗い店の一番奥の席に促されて座った。隣に女性が座ってきた。
ピタッと寄り添ってくる若い女性が…
緊張していた。両手はグーにして膝の上。「私には妻と子が・・・、福山に妻と子が・・・」と頭の中で繰り返し、いつでも逃げ出せるように出口を見つめていた。
何も話さない私に向けた、「こちらの人、大人しいネ」のイントネーションが違っていた。日本の女性ではなかった。続けて「手相を見てあげましょうネ」と言われた。
お断りするつもりだった。そう、お断りするつもりだった。
でも気が付くと汗ばんだ手をおしぼりですばやく拭き、「よろしくお願いします!」と女性の前に差し出していた。
私はトラ年。どんなことにも挑んでいく勇気の持ち主なのだ。
そして20分後、私はマイクを握り、ザ・テンプターズ『エメラルドの伝説』(1968年)を熱唱していた。
すげ~!楽し~い!楽しすぎるぞ歌舞伎町、また来るぞ歌舞伎町、いつの日か!!
福山に帰ってから、その時にご一緒させて頂いた出版社と他書店の方に、それぞれ尾道ラーメンをお送りした。お詫びとお礼の気持ちを込めて。なぜなら、あのお店の代金を、私は一切払っていないからだ。
あの時、飲めないお酒を飲み、大トラになっていたのかも・・・とんだ爪痕を残してきたものだ。
以上が、今回の“まくら”です。
『ま・く・ら』 柳家小三治 講談社文庫
枕は落語のイントロ。バイクの車庫に居ついたホームレス、英語留学の顛末、玉子かけご飯まで小三治にかかるとたまらなく面白い。旺盛な好奇心と確かな眼、磨いた話術がくり出す枕は枕を越えた。長短18篇を取り揃えてご機嫌伺います。
人生っていいなと心温まる、「まくらの小三治」の真骨頂、お楽しみの程を。