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本さえあれば、日日平安

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長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2022/03/04 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


文庫

架空の犬と嘘をつく猫

著者:寺地はるな

出版社:中央公論新社

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架空の犬と嘘をつく猫

転校をしたことは一度もない。しかし、転校生的な立場になったことはある。
私の実家は農家ではあるが兼業で、父は会社勤めをしていた。仕事の関係もあり家族で他市に数年住んでおり、福山市には私が小学校に入学するタイミングで帰ってきた。

入学式の日、周りは名前の知らない子ばかりで、全員“はじめまして”だった。皆もそうだと思ったが、同級生たちは既に愛称で呼び合うほど仲良しなのが不思議だった。
理由は単純だ。同級生の皆は、少し高台にあった小学校のすぐ下にある幼稚園からずっと一緒の幼馴染だったのだ。なにしろ一年生は一クラスしかない。同じクラスのまま小学生に進級したようなものだったのだ。

そのため私にとって学校は、少なからずストレスを感じる場所だった。学校からの帰り道も見知らぬ風景だったし、自宅でさえ自分の家ではなく、お正月とお盆に行く「おじいちゃん、おばあちゃんの住むところ」との認識がしばらく続いた。

唯一の癒しは、学校から帰ると迎えに出てくる6歳下の妹だった。まだ歩き始めたばかりの赤ちゃんだった。ニコニコ笑いながらヨチヨチと近づいては両手を上げ「だぁ~」と抱っこをせがんできた。
私は小学一年生にして「子どもの笑顔を見れば疲れが吹っ飛ぶ」という父親のような感覚になっていた。

私も大人になり結婚して娘が生まれた。そう、妹どころではない正真正銘、自分の娘なのだ。もちろん可愛くてしょうがない。ただただ甘いだけの父親になった。
その分、当然のように妻が怒り役にならざるを得なくなり、娘からは好かれたが、妻からは随分と恨まれた。

「私はお父さんから叱られたことがない、褒められた記憶しかない」と言っていた娘もアラサーだ。彼女が22歳で台湾に語学留学に行ってから8年、そこで知り合った台湾男子のところに嫁いだのが、もう3年前だ。
最近娘は、母親である妻に打ち明けたことがある。台湾に行った理由の一つだ。
何事も先回りして段取りよく済ませてしまう母親とこのまま一緒に家に居ては、「自分は何もできなくなる…」

私は、娘をはじめ家族の存在に癒されていたが、娘にとっての家族は違っていたのだ。

『架空の犬と嘘をつく猫』 寺地はるな 中公文庫

空想の世界に生きる母、愛人の元に逃げる父、その全てに反発する姉、そして思い付きで動く適当な祖父と比較的まともな祖母。そんな家の長男として生まれた山吹は、幼い頃から皆に合わせて成長してきた。だけど大人になり彼らの≪嘘≫がほどかれたとき、本当の家族の姿が見えてきて―?
これは破綻した嘘をつき続けた家族の、とある素敵な物語! 〈解説〉彩瀬まる

本書を読んで思い浮かんだ言葉はヤングケアラーだった。
ヤングケアラーとは、本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っている子どものことである。
具体的には買い物や料理、掃除、洗濯から幼い兄弟の面倒をみたり病人の看護、祖父母の介護などだが、これら物理的な行為を伴うケアだけではなく感情面のケアもそこには含まれる。

私もそうだが、子どもの存在を心の拠り所にしている親は多い。心のケアという意味で、ほとんど全ての子どもは、その存在をもって親のメンタルケアをつかさどっているヤングケアラーだと言えるのではないだろうか。

家に親がいるから離れられない。例え離れることが出来たとしても、親がどこかで“存在”する限り気がかりは続く。
家族に縛られ一人の人間として心身ともに独立出来ないことは、確かに不幸なことかも知れない。でも、だからこの家族は幸せではない…と誰が言えるだろう。

そもそも家族の問題とは、いつかは必ず解決されるものなのか。新たなメンバーが加わり、新たな問題が起きて変化しながら継続されていくのが、「家族の問題」というタイトルの物語なのだ。

『架空の犬と嘘をつく猫』は、それぞれ心の日記に継続して綴られている「羽猫家の問題」という家族の物語だ。

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