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本さえあれば、日日平安

本さえあれば、日日平安

長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2022/06/16 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


文庫

東京百景

著者:又吉直樹

出版社:KADOKAWA

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東京百景

大学生の時のことだから40年近く前だ。論文指導の担当教授が、ゼミの学生が提出した課題の寸評をしていた。
ドキドキして待っていた。私の順番がきた。「内省的な文章だね」のひと言だけで、すぐ次の学生に移った。
内省的=内向的、つまり「おまえ暗いやっちゃな~」、と言われた気がして少し落ち込んだ。

本当は暗いという意味ではなかった。調べると「内省」とは、自分自身の内面を省みること、思慮深くて冷静である、とも書いてあった。教授は私の文章を読み、率直な感想を述べられただけだ。

論文なのだから本来は資料やデータを読み込み、客観的に分析したうえで導き出した結論として自分の考えを書くべき。何より、もっと外に目を向けるようにと伝えたかったのだ。
私は何でもかんでも自分のことに結び付けて、自身の体験をたとえ話にして盛り込んでいた。それに大阪という土地柄、何か笑いの要素も加えないといけないと勝手に忖度し、論文というネタの「オチ」に心血を注いでいた。
そう、このコラムと同じだ。

私の芸風?は40年間ブレずに変わっていない。もし教授が今の私の文章を読んだら・・・
相変わらず「残念なやっちゃな~」と思われることだろう。

『東京百景』 又吉直樹 角川文庫

「東京は果てしなく残酷で時折楽しく稀に優しい。ただその気まぐれな優しさが途方もなく深いから嫌いになれない」
1999年に芸人になる夢を抱いて上京し、現実を突きつけられ傷つき、挫折し、あきらめ、しがみつき、また傷つき ― 。
そんな憂鬱な日々の中にささやかな楽しさや幸せを見出だし、なんとか過ごしてきた青春時代。
振り返ればかけがえのない東京での日々を描いた、又吉直樹の傑作エッセイ集が待望の文庫化!

私は恋愛小説を読んでは自分の恋愛を、中学生が主人公だと中学生の頃の自分を思い出す単純な「人間」だ。
なので「東京に初めて住んだのは十八歳の時だった。」から始まる本書を読み、すぐあの頃の自分に戻った。

著者は1980年大阪府寝屋川市生まれ。私が大阪で暮らしていたのは、大学に入学した1981年4月から1985年3月まで。内省的でエッセイのような論文を書いていたあの頃、又吉さんはまだ赤ちゃんだったのだ。そう思うと何だか不思議だ。

『東京百景』を数日かけて電車内でゆっくり読んだ。百景なので話は1から100まである。
ひとつ読んでは、車外の風景を見ながら扇風機だけで過ごした大阪の暑い夏を思い出した。またひとつ読んでは前席の若いカップルの会話に耳を澄ませ、大阪で付きあっていた女子のことを思い出した。そして、またひとつ読んでは台湾に嫁いだ娘のことを思い出した。
高校を卒業して社会人となり初めて「ゆるふわパーマ」をかけた娘は、勤務先の先輩から「またよし」と呼ばれていた。

養成所、アルバイト、ピースを結成した頃、後輩、サッカー、高円寺、東京タワー、天狗・・・?
東京で見てきたもの、過ごしてきた時間、出会った人のことを、こんな風に言葉にできるのだ。うらやましい。年齢は大きく違う。東京と大阪の違いもある。それでも、ふと共通点をみつけて嬉しくなる。
八十五「麻布の地下にある空間」では、人見知りの話がこんな結末になるとは、驚いた。九十一「車窓から見た淡島通り」には笑った。
百景、百話、どこからでも読める。ガッツリ読まなくてもいい。そこがいい。

ちなみに「本さえあれば、日日平安」は、これで189話。もちろん、どこからでも読めます。

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