「恋人」でなければ、「家族」でなければ、死んでしまえば、あなたが大切に思っている誰かとの繋がりは断ち切られてしまうのでしょうか。もう二度と会えない、会うことはないのかもしれない。だけど今この瞬間に感じる心の揺らぎはきっと本物だから、私たちは、その大切な誰かのことを簡単に忘れる事なんて出来ないのかもしれない。

第167回直木賞受賞作。死別や、離婚、失恋。修復不可能な人間関係に大きな喪失感を覚えながらも、それでも生きていく人たちの姿を丁寧に描いた一冊。読み終わった時、ここにはいない大切な誰かを思い浮かべてしまう、そんな素敵な短編集です。


〇余談
受賞後の会見の様子を後日動画で見ました。そのとき、この作品に対して向けられた言葉で印象的だったのが「コロナから逃げていない」というフレーズです。この本に収録されている短編五本の内、二本はコロナ禍中の日常を描いたものになっています。コロナが私たちの生活に与えた変化は大きく、この時代に生きている私たちだからこそ共有している苦しみがあると思います。その苦しみをどう作品に落とし込んでいくのか。コロナ禍の波を受けて、今後の文学の形も変わってくるのかもしれないと、この作品を読みながら思いました。時代の転換期を飾るにふさわしい一冊として一読されてみてはいかがでしょうか。