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本さえあれば、日日平安

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長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2022/08/23 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


文庫

リセット

著者:垣谷美雨

出版社:双葉社

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リセット

井伏鱒二・著『さざなみ軍記・ジョン万次郎漂流記』(新潮文庫)には、もうひとつ「二つの話」という作品が収録されている。
著者が、郷里である福山の加茂村に疎開されている時に書かれたこの作品は、SFタイムスリップ小説の先駆けと言える。

「非常にすみやかな速力を出すものは、その速力が速さの限度に達すると逆に進んで行き、したがって未来に貫いていくものが過去に向かって進んで行く~プロペラの廻る速さ以上に進むと、過去に進む・・・」
これは「二つの話」という作品の中で、主人公が子どもたちに書いてあげたSF童話である。いわば劇中劇のようなもの。

「山椒魚」「黒い雨」の井伏鱒二が、タイムスリップの話を書いとるって知っとった?
な~んてウンチクを高校時代にタイムスリップして女子に語ったら、「すご~い!読書家」と少しはモテただろうか。

たぶん引かれただろう。当時の彼女たちは、前年に「あんたのバラード」でデビューした高校の卒業生である世良公則さんを文化祭に呼ぼうと、せっせと手紙を出していた頃だ。
ちなみに私も「あんたのバラード」のシングルを買った。一緒にレコード屋に行った友人は、アリスの「冬の稲妻」を買っていた。

その頃の彼女たちに、「井伏鱒二は、太宰(呼び捨てにするのがカッコいい)の師匠にあたる作家で…」なんて語っても、誰もこちらを向いてはくれなかっただろう。
でも今、この年齢のままで、経験と知識を持って高校生に戻ったとしても、女子と話が合うのだろうか?
「なんか話し方も内容もオヤジくさ~い」と言われるのがオチではないか。

そう言えば、高校生にしては物知りで落ち着いていて「オヤジ」と呼ばれているクラスメイトがいたが、もしかして彼は・・・

『リセット』 垣谷美雨 双葉文庫

人生をやり直したいと願う40代の女性が三人。
大都会で偶然再会した同窓生の彼女たちは、不思議な居酒屋で突然、高校時代にタイムスリップする。
戸惑いながらも、これまでの経験を活かし、前より上手く振舞い、以前とは違う選択をした。
これで、それぞれが望んでいた人生を歩めるはずだったのだが・・・

彼女たちの性格、思考、実際の行動は三者三様だが、他人には批判的という共通点がある。
特に親世代、祖父母の世代には厳しい目を向ける。生きるのがこんなにも苦しいのは男性中心の世の中だからだ。
そして、それを許してきた上の世代の女性たちのせいだ。
せっかく手に入れた2度目の人生。今度の私は違う、同じ轍は踏まない、と思っていた。

残念だが、同じことの繰り返しだった。

なぜなら、相変わらず他人と比較することで自分の幸せを測ろうとしているからだ。
そこにはプラスの感情は生まれない。恨みつらみ、妬みそねみ、ひがみ、やがて見栄を張り、嘘をつく。
最後には他人の不幸を願うようになる。

自己満足、自己中心といえば、良い意味で使われることがない。だが幸せに関してはどうだろうか?
もちろん他人に迷惑をかけてはいけない。他人の不幸の上に自分の幸せを築いてはいけない、という大前提はある。
それさえ忘れずに守っていれば、自分の気持ちを中心に据え、自分の満足を優先して動けばいいのだ。
幸せに関しては、他人と比較しても、他人を羨んでもしょうがない。自分はどうなのか、が大切なのだ。

そう考えれば、人生のやり直しは案外と簡単かもしれない。タイムスリップして過去の自分に戻る必要などない。
ボタンひとつだ。いま、この瞬間、“他人と自分を比較する気持ちを終了する”ボタンをポチっとすればいい。
もちろん、そのリセットボタンを押せるのは、自分だけだ。

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