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本さえあれば、日日平安

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長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2022/09/07 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


文庫

論語物語

著者:下村湖人

出版社:河出書房新社

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論語物語

小学4年生だった。漢字が苦手だったので夏休みにコツコツと毎日少しずつ覚えた。
そのことを作文に書いたところ先生に褒められ、「夏休みに頑張ったこと」といったお題がついた発表会のクラス代表に選ばれてしまった。全校生徒の前でその作文を自分で読み上げることになったのだが、クラスで一二を争うぐらい大人しく目立たない存在だったので、同級生はみんな「すげえ!やったな」と褒めてくれた。
でも本当は、人前で発表するという皆が嫌がって断った役目を負わされただけなのだが・・・

新学期とは違い2学期の授業はすぐに始まる。最初に漢字の書き取りテストがあった。先生は問題用紙を配りながら、私にだけ聞こえるような小声で言った。「テストに出るのは1学期に習った漢字だけですよ。楽勝ですよね」

果たして結果は・・・散々だった。私が頑張って覚えたのは2学期以降に習うであろう漢字、つまり予習だ。
いつも後ろ向きで、過ぎてしまったことをクヨクヨと悩む性格を反省し、「もう前しか向かねえ!」と誓った夏だったのだ。

結局この普段とは違う前向きな姿勢が仇となった。全校生徒の前で発表までしたのに、努力しても結果が伴わない残念なヤツだと笑われた。人間、前だけ向いていてはいけない。右も左も、上も下も、時には過去も振り返った方がいい。それ以前に、テスト範囲はよく確認した方がいい。

9月になると毎年あの時の苦い記憶を思い出すとともに、読みたくなる本がある。
「論語物語」 下村湖人 河出文庫

生涯をかけて『論語』と向き合った著者が、『論語』に書かれた孔子の言葉を短い物語に。二千五百年前に交わされた孔子と弟子たちによるエピソードが、ドラマチックなストーリーとしてよみがえる。現代を生きるためのヒントがここに。刊行から八十年以上経った今でも読み継がれる名著にして、「論語入門」の最高峰。「孔子の生活原理」を特別収録。解説=齋藤孝

小難しい人生訓ばかり・・・ではない。ほとんど弟子の“やらかした”話だ。
例えば「宰予(さいよ)の昼寝」

昼寝から起きた宰予。目覚めは良かったが、寝過ごしたことが分かりうろたえた。遠くの部屋から話し声が聞こえるのだ。
しまった!孔子の講義がもう始まっている…

「何か口実がないと具合が悪い。」部屋の中を歩きまわり考える宰予。でも、何時までもこうしてはいられないと思い切って部屋を出る。教室の戸を開けると話し声がぴたりと止まり、みんなの視線が一斉に注がれる。足の下から床が地に落ちていく気がする。膝ががくがくしてくる。だが宰予はつとめて平静を装いお辞儀をした。
孔子はチラッと見ただけで、話を続けた。

孔子は説く。どれほど信念が堅固でも、型にはまっていては窮屈である。型を脱却して、千変万化する事態に即応することが大切だ。
実は宰予、これまで臨機応変を得意としていた。この話は自分のことではない、と少し気が楽になり席に着こうとする。
孔子はそこで初めて宰予に声をかける。「お前には全く用のない話じゃ、あちらで休んでいたらいいだろう。」

慌てて遅刻の言い訳を始めると「宰予!」と孔子が叫ぶ。
「お前は過ちを三重にも四重にも犯そうとするのか。それではお前はもう雨ざらしの材木か、ぼろ土で固めた堀も同然じゃ。」

いやいや、わざと言い訳をするように仕向けとらんか?
もともと寝坊して遅刻した宰予が悪いのは分かるけど、孔子って結構“いけず”な爺さんだ。

と思っていたら、「しかし、悪いのは宰予だけではない。今はどちらを向いても口先だけで生きようとする人ばかりじゃ。(中略)いい機会じゃ。みんなも反省するがいい。善い人を見たら見習えばいいし、悪い人を見たら自ら省みればいい。宰予もその意味ではみんなの先生じゃ。憎んではならぬ。さげすんでもならぬ」

確かに現代では、“どうかな”と思う教えもある。厳しい説教のあとに見せる孔子の優しさも、「それってフォローになっとるか?」と感じることもある。だいたい言葉が分かりにくい。若い方なら尚更だろう。
また言ってしまえば本書は著者の創作だ。論語から引用してはいるが著者の個人的解釈であり、実際は孔子がどんな意味合いで言ったのかは分からない。

それでも、本書が今でも読み継がれているには理由があるように思う。
意外にも聖人君子の話ではない。人として正しくありたい。でも皆どこか野心的(孔子も?)なのだ。世に出たい、成功したい。が、それを悟られたくない。そのために誰もが悩み、道を模索している。時代も国も違う、言葉遣いも難しい。でも、そこにいるのは他人ではない。今を生きる私たちだ。だから忘れた頃に読み返したくなるのだ。もしかして答えが、ここに…

なんて言うと、「読んでも忘れとるんかい!」と突っ込まれるだろう。でもそれが、読み続けられている理由でもある。手元に置いておき、時々読み返すことができる。それが本書の、いや全ての本の良いところだ。

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