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本さえあれば、日日平安

本さえあれば、日日平安

長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2022/09/08 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


文庫

アカペラ

著者:山本文緒

出版社:新潮社

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アカペラ

ジャケ買いのお誘いです。
先日、「徹子の部屋」に出演された精神科医の和田秀樹さんが、本を読むときは同じ作家の作品ばかりでなく、色々と違う作家を読んだ方がいいと言われていました。脳の老化防止のためです。

50代ぐらいから前頭葉が縮みはじめると言われます。前頭葉は変化に対応してくれています。前頭葉が衰えると前例踏襲の変化のない生活になるそうです。例えば行きつけの店しか行かなくなる、あるいは同じ作家の本しか読まなくなるとか。
それは良い傾向とは言えません。前頭葉の機能が落ちてくると意欲も落ちてくるからです。歳をとると記憶力が落ちるのを気にしますが、記憶力が落ちることよりも意欲が落ちる方が憂うべきことなのです。

意欲がある人は続けられます。外に出て歩くこと、人に会うこと、学ぶこと、もちろん新たなことに挑戦すること。意欲をもってさえいれば、人は急にガタガタと衰えることはないそうです。
そこでお勧めしたいのがジャケ買いです。いつもの馴染みの作家やジャンルではなく、パッと見て気に入った装丁の本を買い、今まで読んだことない作家、作品と出会うのです。

ジャケ買いの説明として、以下“装丁の達人”長友啓典さんのブックエッセイ『装丁問答』(朝日新書)から引用させていただくと

『ジャズ喫茶には演奏中のレコードジャケットが必ずプレーヤーのヨコに立てかけてあった。~気に入ったものがあれば記憶に止め、中古レコード店に行きLPレコードが立て掛けてあるBOX(えさ箱と言った)をこまめに丁寧に探し求めたものだ。この辺りから「ジャケ買い」という言葉が一般に通用するようになったと記憶している。「ジャケ買い」の発祥はモダンジャズなのだ。』

長友さんは、“ジャケットの良いものは本盤の内容も素晴らしい”と言われます。

『レコードジャケットで得た経験を書籍に移し変えて見れば分かり易い。「これだ」と思った装丁本を購入して内容のつまらないものに出くわしたことがない。~本屋さんを徘徊する心持良さはここにある。素晴らしい装丁の本に出会った時である。』

ということで、私が「これだ」と思いジャケ買いした1冊をご紹介します。

『アカペラ』 山本文緒 新潮文庫

どこから見ても目が合う。というか、見られているようなカバーイラストの女の子が気になりました。
モナリザ効果というらしいです。絵画だとよくあるようですが、不思議です。そして恥ずかしくなります。大人の、というかオジサンの不純な心を見透かされている感じがするからでしょうか。

本書は、「アカペラ」「ソリチュード」「ネロリ」の3つの物語が収録されています。
表題作の「アカペラ」は、著者が2001年に直木賞を受賞された後の第一作です。

「ママが家出しました。」で始まる本作品は、ポンポンポンと小気味いいテンポの語り口で、スッと作品の世界に入り込めました。でも、この物語をどう表現すればいいのでしょう。こんなノリの小説を何と呼ぶのでしょう。
著者による文庫版あとがきを読み、“あっ、そうか”と思いました。

『そろそろ原点に立ち返り、また十代の女の子の一人称を書いてもいいような気がしたのだ。プロットも少女小説時代に作ったものに肉付けした。』

そうです。少女小説でした。これまで馴染みがなかったのでわかりませんでした。
主人公は15歳、中学三年生の少女・権藤たまこ、通称ゴンタマ。父親は単身赴任でここ三年ほど家に帰って来ません。母親の家出も珍しくないようです。実は父親も母親も、お互い別に新しいお相手がいるようです。
それでも72歳のじっちゃん「トモゾウ」と仲の良いタマコは、何も問題を感じていません。むしろトモゾウと2人だけで暮らしている方が、精神的にもいいのです。
その大好きなじっちゃんが老人ホームに入れられそうになり、駆け落ちを決意します。果たして二人の運命は。

祖父と孫娘の逃避行、ここまでは何とか理解できたのですが…、それ以降の展開には本当に驚かされました。

ジャケ買いを勧めておきながら本の内容を紹介するのはヤボでした。それでも、もう少しだけ言わせていただくと79ページの最後、“きょとんと彼女は瞬きする。”表紙のイラストはこの時の表情ではないかと個人的には思いました。

「アカペラ」の他、ダメな男の二十年ぶりの帰郷を描く「ソリチュード」、独身の中年姉弟の絆を見つめた「ネロリ」、どれも感じが違う作品で、同じ作家が書いたとは思えませんでした。そしてどの作品も映像化したら面白いのではと感じました。

ちなみに文庫帯のコメントは、「こういう作品を作りたいのだと、読むたびに思う。― 新海 誠」

監督になったつもりで、主人公を演じるのはあの人、あのシーンにはビル・エヴァンスのあの曲を流して、なんて想像するのも脳を活性化するのには良いのかも知れません。

ジャケ買いお勧めです。「これだ」と思う本と出合うため啓文社各店を徘徊してみてください。お待ちしています。

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