おすすめの本RECOMMEND
いつか読書をする人へ
井上いつかがおすすめする本です。
啓文社スタッフ「井上いつか」による本のレビューです。井上いつかがお送りするコラム!
啓文社のスタッフであり、『本の虫』としても有名な「井上いつか」がオススメする本のコラムです。さて、今回はどんな本でしょう?
2023/03/06 更新
いつか読書をする人へ
井上いつかがおすすめする本です。
フィクション
水車小屋のネネ
著者:津村記久子
出版社:毎日新聞出版
18歳の理佐と8歳の妹、律。1981年、ふたりは母親から離れて生きていくことにした。
見つけた仕事は住み込みの蕎麦屋での仕事と、水車小屋に住むヨウム、ネネの世話をすることだった。
最近、過去の自分にやたら会う。
子どもを産んだばかりの頃、あれは結婚して間もない時、啓文社で働きはじめたての、それとももっと幼い、いつも何かの前で立ちすくんでいたわたし。
わたしだからわたしにはわかる。あのとき、なんて言ってもらったんだったか。どんな風に誰かがそばにいてくれたんだったか。ひとつひとつは小さかったけれど、それがなかったら今こうしていなかったんじゃないかって思うさまざまな人の差し出す手。
なんとなく、昔受け取ったささやかなものをそのまま次のわたしに差し出す。
ただ、どうかな?よかったらって気分で。
そうか。こんなんだったのか。
勇気を出すのになんも覚悟はいらなかった。こんな風に軽やかに他人のために何の気なしに一歩踏み出すのでいい。
その時々で、手をひっぱったり、引いてもらったり、くらいの感じでいい。
『生きる』ってただ毎日を進んで、できない時は座って、また一人で立ちあがったつもりでも、背中には誰かの手が添えられていたりして。
能力、役目、秀でる…とは別のいいものでこの小説は満ちています。
何かができても、なにもできなくても、このいいものは周りのみんなの心を繋いでいく。
ただ、在る、だけでいい。
そういって、わたしの背をそっと支えてくれる物語です。