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本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!
2023/03/09 更新
本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
文庫
十八の夏
著者:光原百合
出版社:双葉社
「書店員なら毎月給料の1割は本を買って読まんといけん」
入社して間もない頃に先輩から言われた。あれから40年近く書店で働いている。そのアドバイスを愚直に実行していたら、今ごろはちょっとした古書店が営めるぐらい蔵書があってもおかしくない。
書店員に限らないが、定年後ご自身がこれまでに読んで(集めて)きた本で私設図書館や古書店をされる方もいる。
私は、もちろん読書は好きだけど、そこまでは持っていない。だが、いつも手元に本があり、何かを読んでいるようにはしているので、先輩にはお許し願いたい。ちなみに毎月の給料1割×12か月×40年と計算してみたら、な、な、なんと!
逆算したら給料どころか生涯年収が知られるので言わんけどね。
これも書店員だけとは限らないが、本好きな人なら壁一面ぐるり本棚という書斎を持ちたいと思うだろう。実際にそうされている部屋の写真やYouTubeで自身の本棚を紹介している動画を見ることがある。さらに言うと、できれば自分のお薦めの本だけを集めた書店を開きたいと思うのではないだろうか。
実は、私もよく空想している。
人としての器が小さいので、小さい店がいい。というか一人で切り盛りできるぐらいの大きさがいい。
自分の店を持つとすると・・・コラムを書きながら考えた。ワクワクして昨夜は寝られなくなった。だから休みの今日は昼まで寝ていた。
「また夜中までユーチューブ見とったんじゃろ~」と妻に叱られた。確かに乃木坂46は見たけどね。還暦ですけど、何か?
どんな店がいいだろう。せっかくなら、今までありそうでなかった店にしたい。
以前にも書いたことがあるが、絵本の専門店だったり、コミックだけとか文庫だけとか、あるいは猫の本、旅行の本、鉄道関係とか音楽関係、何かに特化した店は既にある。時代小説とかミステリなどのジャンルに絞り込む、というのもありそうだ。
好きな作家の著作を判型にかかわらず、また書籍だけでなく雑誌の特集号も含め関連したものを全て揃えるという内容だと、〇○○文学館とかのミニチュアになってしまう。そして今は、自分だけではなく、色んな人に選書してもらい棚を貸し出す「シェア本棚」というスタイルもあるらしい。
だが私の店である。あくまでも自分が好きな本を揃えるというコンセプトを貫きたい!と妄想だけど真剣に考えた。
短編および中編の物語だけを集めた店はどうだろう、という思いに至った。
時代小説もミステリもSFも、ほっこりする家族小説も青春小説も、ホラー、ファンタジー、恋愛小説、なんなら官能小説だって…、判型もジャンルも、新旧も関係ない。もちろん海外小説もある。古今東西の短編と中編の小説の中から厳選して揃えるのだ。
児童書もOKだ。考えたら絵本だって立派な短編の物語だ。さらにさらに俳句や短歌もそうだ。ひとつずつの作品が、それだけで一つの物語として成立している。考え出すとキリがなくなり悩ましい。でもワクワクが止まらない。秋元康先生が出資してくれんかな~
『十八の夏』 光原百合 双葉文庫
第55回日本推理作家協会賞(短編部門)受賞の表題作を含む4作品。いずれも花をモチーフにした短編集。
表題作はもちろんだが、私は「ささやかな奇跡」が好きだ。
8歳になる一人息子を抱えた35歳の男やもめが主人公。彼は書店員。子どものことを考え、関東から亡き妻の実家がある大阪の支店に転勤願を出したところタイミングも良くかなえられ、妻の実家に紹介されたアパートで息子との二人暮らしが始まった。
越してきてから間もない桜の季節、彼は散歩の途中で小さな書店を見つける。 ウィンドーには「さくら書店」とマホガニーの色の文字で書かれていた。物心ついてから書店を見かけて中に入らなかったことなどない彼は、当然店内に歩みいった。
カウンターの上には、一輪挿しにさされた深い青の花。そしてカウンターの向こうには、花とおそろいのブルーのエプロンの女性。
「棚を見ればその書店がどういう店であるかが、それをなりわいにしている者の目には一目でわかる。~中略~さくら書店はどの棚もこまやかな神経の行き届いた並べ方をしてあった。平台のそこここに、きれいな手書き文字で本の紹介を記したポップが立っている。どれもそれぞれの本の魅力を要領よく説明したものだった。」(本文より)
そこで目にしたポップのひとつに書かれていた。「この本を買おうかどうか迷っておられる方に。どうぞ105ページを立ち読みしてください」
彼は本を取り上げてそのページをめくる。思わず手を打ちたくなる。この本を薦めるなら、自分もこのページにするだろう。同じ感性をもったポップの書き手に興味を感じた。
数日後、彼はそのポップを書いた女性と出会う。カウンターの内と外が逆転したかたちで。やがて彼と彼女は…
「あとがきに替えて、感謝の言葉」において著者の光原百合さんは、この作品について書かれている。
書店が重要な舞台になっている本作品には、かの有栖川有栖先生にお聞きした書店勤務時代のエピソードを使わせていただきました。贅沢な作品です。ネタは小さいのに。やはり書店勤務の友人、政宗九さんからもエピソードの提供を受け、モニターもお願いしてしまいました。
もちろん書店員が主人公、書店あるあるが満載というのも“この話、いいなあ”と感じた理由の一つだ。でも、それは単なる背景に過ぎない。長編だからこそ描けるドラマチックな世界があるように、短編だからこそ描ける、ささやかな日日、ささやかな幸せの物語があるのだ。