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佐々木大佑 がおすすめする本です。


啓文社全店のスタッフが不定期に更新する「スタッフおすすめ」コーナー。 最新書き込みから順次表示しています。

2023/04/30 更新

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佐々木大佑

がおすすめする本です。


文庫

老人と海

著者:ヘミングウェイ

出版社:新潮社

老人と海

命をかけて、何かの為に。それが自分の為ならもっといい。戦って、負けて死ぬなら本望だ。誇り高く、勇敢な生き様がそこにはある。今回紹介する『老人と海』は、雄大で厳しい自然の中、大カジキと闘う一人の老いた漁師を描いた作品だ。

タイトルだけは知っていた。けれど、読まなかった。もはや古典ともいうべき有名な外国文学のひとつだからかもしれない。共感することはおろか、真新しさや瑞々しさは得られないだろうと決めつけていた。今回手に取ってみたのは、ヨルシカと新潮文庫のコラボ限定カバー版が出たから。ただそれだけの理由だった。
(これは実は再三このサイト内でも、僕の周囲の大人たちにも言っている事なのだが、)僕はヨルシカが好きだ。ヨルシカはよく文学作品をテーマに音楽を創る。そして、僕はこの作品をテーマに作られたヨルシカの楽曲の方の「老人と海」もよく聞いていた。今回ヨルシカとコラボした新潮文庫の作品を題材に創られた楽曲で言えば「老人と海」の他に「ブレーメン」や「又三郎」もあるが、この二つも特にお気に入りだ。そんな僕だから、発表されたヨルシカと新潮文庫とのコラボ作品6つ全て揃えたいと思いつつ、いや、しかし給料日前だし…と眉をひそめ悩んだ末『老人と海』だけを買ったのだった。買った瞬間が楽しさのピークのように感じていたので、表紙を眺めていれば割と満足だなあと最初は考えていたのだが、しかし、そこは職業柄というか、本来の性質でというべきか、仕方がない。いつの間にか眠たい目を擦りページを捲っていた。それで今はこうして紹介文を書いている。つまり、面白かった。

面白かった、といったが少し語弊がある。僕はこの物語にすっかり熱くなってしまっていた。老人は一人で漁に出る。帰ってくるときも一人だった。それでも彼は戦っていた。勝敗も、戦う意味も遥か遠くへ置き去りにして、疲れ切って、夢を見て、眼球が乾き、両手が攣って、全身を伝う震えが止まらなくなっても、それでもいつか起き上がる。確信めいたものがある。戦ったことのない人間だけが彼を笑うのだろう。僕に老人と同じ何かが備わっているとすれば給料日前に見せるハングリー精神だけだなと、そんな風に自嘲気味に笑って見せるほうがまだマシってものだ。けれど、おかしな老人は笑われたって不敵に笑みを浮かべこう言い返すに違いない。「人間ってやつ、負けるようにはできちゃいない」そして、再び海に出るのだ。

最近のアーティストの中にもヨルシカやYOASOBIといった、小説や詩の世界を題材に音楽を生み出す人たちがいてくれて本当に良かったと思う。僕個人としてもそうだが、一書店員としてそう思う。彼らが音楽という形で物語を提供してくれることが、文学の世界に飛び込むハードルを低くしてくれているような気がするから。僕だって今日は、そんな音楽の力に背中を押してもらった人間の一人だ。老人の勇姿を目に焼き付けて本を閉じる。海は広い。一人の勇敢な男の跡を追うようにして、焚きつけられた人々が帆を張って各々の船をこぎ出していく。そんな景色が見たい。

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