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本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!
2023/07/17 更新
本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
コミック
漫画 君たちはどう生きるか
著者:原作:吉野源三郎漫画:羽賀翔一
出版社:マガジンハウス
入社して2年目(1986年)に初めての転勤を経験した。郊外店から福山の本通り商店街にある店に異動となったのだ。
残念ながら今は役目を終えて閉店したが、当時の店売社員は皆この店で修行してから店長になっていった。啓文社の「虎の穴」と呼ばれていた歴史のある店舗だった。
「虎の穴」とは漫画およびアニメの『タイガーマスク』に出てくる悪役レスラー養成機関である。なので、そこではミスターXのような先輩社員から“鬼”厳しい指導があるのでは・・・と少なからずビビっていた。
引継ぎをしてくれたのは飄々としていて、どちらかと言えばとっつきにくい感じの先輩社員Iさんだった。当時よくTVに出演されていた俳優で書評家、また新宿ゴールデン街のバ―「深夜+1」オーナーだった内藤陳さんに似ていた。
「書店の一日は、店内整理に始まり店内整理に終わる」と、いきなりモップを渡された。開店前の少しだけ照明を点けた店内を回りながら、棚の配置やスタッフについて色々と教えて頂いた。
しばらく話していて分かった。第一印象とは違い、実はとても気さくでおしゃべりな人だったのだ。ミスターXというより、ミスターおやじギャグだった。
丁度その日は、出版社の企画商品の説明会があったので昼から一緒に出掛けた。場所は駅前のホテル。途中でショートケーキと珈琲が運ばれて来た。帰りにはお土産も頂いた。そういう時代だった。
Iさんは説明会の最中でも、隣から小声でダジャレをかましてくるので難儀した。もちろん企画商品の説明を聞かなければいけない。でも先輩のダジャレも笑わない訳にもいかない。こういうのを何ハラスメントと呼ぶのだろうか?
どっちつかずの私と違い、Iさん自身は要点をしっかりメモされていた。店に帰ってからS店長にもきちんと報告されていた。商品の内容についてS店長から突っ込まれても、答えられるところは答え、答えられないところは・・・上手く流していた。
ただの冗談好きなオジサンではなかった。社会人として、とても出来る人だった。
1階と2階の2フロアの店舗のうち、Iさんは1階全般を管理されていた。直接の担当は文芸書と新書、そしてビジネス書。私はそれも含めて丸々引き継ぐことになった。
書店員1年目は大量に入荷する郊外店の倉庫内で荷解きと返品、忙しい時のレジ応援ばかりで、実は分野の担当はひとつも持っていなかった。なので書店員として初めて持たせてもらった担当だった。
わずか1日、2日の引継ぎではあったが、孵化した鳥が最初に見たものを親と認識するように、Iさんが分野担当者としての親であり、お手本である。ダジャレのセンスまで引き継げなかったのは残念ではあるが・・・
担当者として絶対に品切れさせてはいけない商品も教えて頂いた。『夜と霧』みすず書房、『ライ麦畑でつかまえて』白水社、『パパラギ』立風書房・・・、そのほか青土社、工作舎、晶文社など、Iさんが意識して揃えている出版社名、また常連さんや定期購読されているお客様の名前を教えて頂いた。メモも何も見ないでスラスラと口にされた。
しつこいようだが、Iさんはただの冗談好きなオジサンではない。私には、吉野源三郎・著『君たちはどう生きるか』のコペル君にとっての叔父さんといった存在なのだ。ちなみに現在は子ども図書館の館長をされている。
今日は宮崎駿監督の新作映画『君たちはどう生きるか』を妻と観に行った。
そういえば妻との最初のデートも映画だった。そもそも彼女と付きあうようになった、そのきっかけを作ったのはIさんである。
引継ぎをしてもらってから1年半後。次の転勤では、Iさんと同じ店になった。立ち上げたばかりのビデオレンタル部門の責任者をされており、部署は違っていたが公私にわたって何かとよく声を掛けて頂いた。
その時、彼女も同じ店で働いていた。ある時、Iさんのお子さんの面倒を彼女が見ることになった。理由は忘れたが、彼女はIさんの奥さんと顔見知りで、「短時間なのでお願い」と頼まれたようだった。そして何故だか、その場に私も呼ばれた。
Iさんと奥さんは仲良く一緒に出かけて行った。残されたのは3歳ぐらいの男の子と、まだ独身の彼女と私。
どんなことをして時間を過ごしたのか忘れた。でも、なんだかいい感じだった。男の子と遊んでいる彼女を見ていると、とても幸せな気持ちがした。結婚して子どもができたら、こんな感じになるのかなぁ…
Iさんは予想していたのかも知れない。疑似体験をさせれば、単純な私が、すぐその気になるのを。
もうご存じでしょうが、映画『君たちはどう生きるか』は、宮崎監督が原作・脚本を務めたオリジナルストーリーです。タイトルは、監督が少年時代に読み、感動したという吉野源三郎の著書「君たちはどう生きるか」から借りたものとなっています。
もちろん、このコラムの内容とも一切関係はありません。ご自身で観て、読んでお確かめ頂ければ・・・