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あなたも3分でミステリ通になれる(仮)

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政宗九がおすすめする本です。


某店店長でもあり、ミステリマニアとしても知られる「政宗九」によるミステリコラム。
これを読めば、あなたもミステリ通です。

2023/09/27 更新

あなたも3分でミステリ通になれる(仮)


政宗九がおすすめする本です。


フィクション

見習い天使 完全版

著者:佐野洋

出版社:筑摩書房

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見習い天使 完全版

佐野洋(さのよう)、という推理作家をご存知でしょうか。

といっても、覚えているのは恐らく50代以上の方ではないかと思います。ほとんどの作品が読めなくなって久しいので。
ですが、かつては多数のミステリを発表した人気作家で、日本推理作家協会の理事長も務められたこともあります。今調べると、1973年から1979年まで、第8代理事長でした。
元々は新聞社の出身で、『一本の鉛』『華麗なる醜聞』『轢き逃げ』など、社会派ミステリを発表される一方で(もちろん背景には、松本清張さんに始まる社会派ミステリーブームの影響もあったのでしょうが)、推理小説の面白さ、洒脱さに溢れる作品も実に多数発表されています。『金属音病事件』といったSF的なアイデアを盛り込んだ小説まであります。
作品数があまりにも多すぎて、これが代表作、というものがなく、どれも平均的に面白い、アベレージヒッターのような作家さん、というのが私の印象でした(いやそんなことはないぞ、佐野洋といえばな……と、より年配の読者からのツッコミが入るかも知れませんが、まあ、私はそう感じていた、ということでお許しを)。


佐野洋さんについてのもう一つの私の印象は「ミステリ評論の怖い人」。
長年、新刊ミステリ批評「推理日記」を雑誌に連載し、その重箱の隅を突くような数々の指摘に、いやそこまで言わなくても……と思いながらも、楽しく読んでました。
佐野さんの批評に対して、別の作家さんや、実際にミスを指摘された作家さんから反論なども時々発生していました。シリーズ名探偵の是非を巡って都筑道夫さんと交わした「名探偵論争」が特に有名で、佐野さんはシリーズ名探偵否定派だったのですが、でもご自身も『密会の宿』シリーズなど、キャラが立ったシリーズを出されていたのになあ、とも思ったものです。ちなみに「密会の宿」は、「土曜ワイド劇場」の人気シリーズのひとつでした。森本レオさん・松尾嘉代さんのコンビだったと記憶しています。
『推理日記』はただミスの指摘や批判だけでなく、優れた作品はきちんと評価し、特に有望な新人作家は応援もされていました。
特に記憶にあるのが、岡嶋二人さんが『焦茶色のパステル』で乱歩賞を受賞してデビューされたあと、その前年に乱歩賞に応募して最終候補に残った作品として出版された『あした天気にしておくれ』の先進性と面白さを特に高く評価されていたことです。


前置きが長くなりました。


冒頭で「ほとんどの作品が読めなくなって久しい」と書きましたが、そんな佐野洋さんの作品がなんと2023年9月に復刊したのです。
それが今回紹介する、『見習い天使 完全版』(ちくま文庫)です。
『見習い天使』、これまた懐かしい作品です。ちょっと長めのショートショート、と言えるくらいの小説があり、その冒頭とラストに「見習い天使」がちょっとした感想コメントを付ける、という形式の連作集で、全体的に漂う上品さと、わずか2〜3行で起きるどんでん返しの妙味、そして見習い天使のシニカルな一言と、まさにオシャレなミステリの好例だと思います。
なにせ古い作品ばかりなので(1961〜1962年発表だそうですから、私が生まれる前の作品です)、登場する世相や風俗も古いのですが、ミステリの面白さは全く色褪せていません。
例えば、「指名手配コンクール」。ある週刊誌が「指名手配コンクール」の開催を発表します。応募してきた「仮想容疑者」が指名手配され、容疑者を発見した人、または逃げ切った容疑者に賞金が贈られる、というもの。さて、実際に「仮想容疑者」となった人々を追ってみると……という話ですが、ラストのたった「3行」で、この企画の裏にあるものが見事に暴き出されるのです。上手いなあ、と思ってしまいます。

本書は、かつて徳間文庫に収録された「見習い天使」全17作品と、徳間文庫版の巻末に載っていた星新一さんの解説、さらに、佐野さんが「不出来なもの」として単行本発売時に外したとされる「見習い天使 補遺」6作品を収めた完全版です。
編者・日下三蔵さんのお仕事はいつも本当に素晴らしく、脱帽してしまいます。

本書をきっかけに、佐野洋作品への復刊の機運が高まれば、と思い、今回紹介させていただきました。

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