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本さえあれば、日日平安

本さえあれば、日日平安

長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2023/10/15 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


文庫

鳥肌が

著者:穂村弘

出版社:PHP研究所

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鳥肌が

まだ若かった。店長になりたての頃だ。お客さまから「本棚を背景にして私を撮って下さらない?」とカメラを手渡された。
着物をお召しになられた上品な年配の女性だった。お受けすべきかどうか・・・
新米とはいえ私は店長だ。判断するのが仕事だ。平日の昼下がり、周りには誰も居ない。今なら問題ないだろうとお受けした。
「激写」シリーズの篠山紀信になったつもりでカメラを構える。女性は棚に手を伸ばす。本を選んでいる風のスナップ写真を数枚撮影した。

撮影のお礼に続いて女性の身の上話が始まった。若い頃、本が好きでよく読んでいた。本屋さんで働きたい、というより本屋さんにお嫁にいきたいとさえ思っていた。願いは叶わず、親のすすめる相手とお見合いして結婚した。
子どもたちも独立して、さてこれからという時にご主人を亡くされた。ひとりになり、かつての読書熱がよみがえった。いまは本屋通いをしている。色んな本屋を巡っているらしい。気に入ったお店では許可をもらい、このように記念撮影をさせてもらっていると言われた。

「そうですか、今後ともよろしくお願いします。御贔屓に」、写真を良くないことに使われる気配はない。安心した。
なんならもう2、3枚撮りましょうか、とお伝えしようとした時、母親ぐらいの年齢のその女性は、少し恥ずかしそうに上目遣いで訊ねてきた。
「ところで店長さん、あなた独身?」、「私は本屋さんに嫁ぐのが昔からの夢で・・・」
と、と、鳥肌が

『鳥肌が』 穂村 弘 PHP文芸文庫

日常のなかでふと覚える違和感。恐怖と笑いが紙一重で同居するエッセイ集。小さな子供と大きな犬が遊んでいるのを見るのがこわい。自分以外の全員は実は……という状況がこわい。「よそんち」の不思議なルールがこわい。赤ちゃんを手渡されると、何をするかわからない自分がこわい……。
ユーモア満載で可笑しいのに、笑った後でその可笑しさの意味に気がついたとき、ふと背筋が寒くなる。そんな42の瞬間を集めた、エッセイ集。第33回講談社エッセイ賞受賞作。ぜひ、カバーを触ってみてください! 本当に「鳥肌が」立ってます。解説:福澤徹三

著者のプロフィールを見ると同い年だった。だからという訳でもないだろうが、「これ、わかる!」というか「これ、怖いよね」というエピソードが満載だった。
駅のホームの列の一番前が・・・、他人に声をかけるのが・・・、道に落ちている片方だけの手袋が・・・、飛行機が離陸する時が・・・、再婚した友人の新しい奥さんが、前の奥さんそっくりだったことが・・・、気づかずに前回とほとんど一緒の内容の原稿を編集者に提出したことが・・・

写真に関するエピソードもあった。冒頭に書いた私のとは違う、うらやましいような、それでいて怖いお話。

短歌大会に選考委員として参加された穂村さんは、セーラー服姿の少女から声をかけられる。
「ほむらさんですか」、「一緒に写真、撮ってもらえませんか」、大きな瞳が印象的な子だ。

「いいですよ」と答える。カメラに向かって並びポーズをとる。相手が可愛い女の子なので嬉しい。
その時、彼女は不意に胸のリボンをしゅるっと解いて、その一端を穂村さんに渡しながら云った。
「ここ持ってください」

云われるままにリボンの端を握って「あれ?」と思う。これはちょっとまずいんじゃないか。
セーラー服の少女とのツーショット、しかもリボンの端を握って…。インターネットに写真が流れたら、あらぬ誤解を招きかねない。
慌てて、ぱっと離し「いや、これはちょっと」、もごもご云う。彼女の表情は変わらない。大きな瞳をきらきらさせている。
結局、リボンは握らずに撮影。その後で少し話をする。

「今日は学校お休み?」と聞くと、彼女は「いいえ」と答える。「え、さぼっちゃったの?」と驚く穂村さん。
彼女は云う、「私、二十代なんです…」
続きは本編で。

本書では、「怖い」以外にも「怒りのツボ」についても考察されている。ひとから言われて「かっ」とするポイント。
穂村さんが嫌だと思うのは、「この文章ってどこまで本当なんですか」と云われることだった。

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