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本さえあれば、日日平安

本さえあれば、日日平安

長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2023/11/27 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


ノンフィクション

パイプの中のかえる

著者:小山田浩子

出版社:twililight

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パイプの中のかえる

妻に駅まで送ってもらうようになり丸4年が過ぎた。今日も「行ってきます」と車を降りる。すぐにエンジン音はしない。背中に視線を感じる。彼女は車を停めたまま私のうしろ姿を見つめているようだ。
自分では分からなかったが、歩くとき左肩のほうが少し下がっていると言われた。鞄は、特にショルダーバックは、なるべく交互になるように気をつけて持つ手やかける肩の左右を替えている。でも無意識に左肩ばかりにかけてしまうのだ。
妻は、今日はどうかと車内から見ているのだろう。

リュックにしたらと彼女は云う。だが混雑した電車内で大きなリュックを背負った男子高校生にグイグイ(本人はそんなつもりはなかろうが)押されて辛い思いをしたことがあるので躊躇してしまう。自分も知らないうちに誰かに迷惑をかけてしまうのではないかと心配なのだ。
そう説明すると「また変なとこに気をつかって」とか、買い替えを渋っていることに「妙に頑固なんじゃけ~」とあきれられる。
確かに私は優柔不断なのに融通が利かず頭が固い。でも、そんな私にしてみたら彼女が自分の考え、感覚というかセンスに絶対の自信を持っていることの方が危ういと思うのですが?

こうして5年目に入った毎日の駅までの送り迎えを伝えると、なんていい奥さんなんだと驚かれることが多い。「愛されとるんじゃね~」とうらやましがられたりもする。「いや、いや、いや、そんなことないですよ」と一応は否定する。でも妻を褒められるとまんざらでもない。やはり彼女の男性を見る目は確かだ。何せ私を選んだのだから。そのセンスだけは自信を持ってもええよ。

「たまには愛想ようしてみようか」
駅に向かって歩く私の背に熱い視線を送っているであろう妻に手を振ってみよう。回れ右をすれば運転席でうつむいている妻がいた。車を停めてまで見惚れとるんはスマホじゃったんか!

そう言えば今日ぐらいが結婚記念日のはずだ。よく覚えていないので本当は数日前後しているかもしれないが、どちらにしてもお祝いの予定はない。お互い還暦も過ぎ34回目ともなると、まあこんなもんじゃね。

『パイプの中のかえる』 小山田浩子 twililight

通勤鞄の中には2冊本を入れている。小説とエッセイが1冊ずつのことが多い。行きの電車内で小説、帰りはエッセイ。またはその逆とか、乗り換えの駅で替えるとか色んなパターンがある。今週は小山田浩子さんのエッセイ『パイプの中のかえる』(twililight)と『小島』(新潮文庫)を電車内で愉しんだ。

「広島の田舎で生まれ育ちいまも似たような地域に住んでいる私は、井の中の蛙というかパイプの中のかえるというか、狭い範囲で暮らしそれなりに充足していて、でもそこから顔を出し世界を見回すこともある」

なかでも「餅つき」が好きだ。懐かしく読んだ。1983年生まれ(私が大学3回生の時だ)の小山田さんが経験していた餅つきの風景が、還暦過ぎの私が見知っているそれと重なる。不思議な感じがする。
「故郷の言葉」も良かった。その土地の言葉に意識せずとも馴染めるのは才能だと思う。私は大阪の大学だったが、4年間暮らしてもイントネーション、使う単語ともニセモノ関西人感はぬぐえなかった。「おらぶ(叫ぶ)」「たう(手が届く)」「とらげる(片付ける…これは岡山?)」などの単語を使うと変なヤツだと笑われたが、笑う方がいなげなヤツだと思った。

「呪いの小石」は、そう、そうなんだと思った。正論はどんな場合であっても、誰に対しても正しい・・・というわけではないのだ。「どんな小さい石にでも、引っかかって転べばやっぱり痛い」(本文より)、のである。

「自動ドア」「呼び方」「買い物が苦手」「缶コーヒー」・・・、ひとりの人の体験や思い出は、決してひとりだけのものではないと気付かされる。そして「女はしない」に登場する少年は、世の中すべての男子である。たぶん。

最後に告知です。次のコラムで紹介するのは『小島』(小山田浩子/新潮文庫)だよ。

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