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本さえあれば、日日平安

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長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2023/12/18 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


文庫

小島

著者:小山田浩子

出版社:新潮社

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小島

糸崎駅の待合で小山田浩子さんの短編集『小島』(新潮文庫)を読んでいた。実は2回目だ。読了後すぐに再読を始めた。初読の時は帯に記載されている「広島カープ三部作」から読み、その後で残り11編を順不同で読んだ。なので2巡目は表題作の「小島」、「ヒヨドリ」、「ねこねこ」、「けば」・・・と目次通りに読むことにした。
その昔、LPレコードはA面の1曲目から順番に聴いていた。曲順にもアーティストのこだわりがあるからだ。短編集にも同じことが言えるはず・・・失礼なことをしてしまった。なので襟を正してもう一度最初から読んでコラムを書こうと思ったのだ。
ちょうど「かたわら」に差し掛かった時だ。待合で隣の席に座っていた女性から問われた。「何を読まれているのですか?」

山陽線も21時を過ぎると本数が減る。朝夕の通勤通学や帰宅のラッシュ時は乗り継ぎで待たされることは少ないが、遅い時間だと30分ぐらい間隔があく。もちろんホームにも椅子はあるが、もう寒いのでみなさん暖房の入った待合で待機している。いつも利用している人は慣れているが、その女性はたまたま遅くなったようで「こんなに待つとは思っていなかった…」と独り言を言われていたので、「この時間帯はこんなもんですよ」とつい反応してしまい二言三言話をしていたところ手にしていた本が気になったのか、この質問をされた。

わが社オリジナルの文庫カバーを外して表紙を見せる。カバー装画はPHILIPPE WEISBECKER、「畳/TATAMI 2016」、帯には赤地に白抜きで「私が観ると、絶対に負けるの」、「自宅も、会社も、球場も、またたく間に異界になる」、「広島カープ三部作収録!」などが書かれている。

この広島カープ三部作はどれも素晴らしい作品だ。「広島カープ文学賞」とか「広島カープ本大賞」があれば間違いなく受賞していると思う。なかでもカープ愛と広島弁が炸裂している作品が「異郷」。他球団のファンもそうだと思うが、特にカープファンはみんな自分が監督だと思っている。「小二の時からカープファン♪」どころではない「創立の時からカープファン」である92歳になる私の父もそうだ。最近は年相応に丸く穏やかになっているが、カープの試合だけは別だ。そんなに興奮すると血圧が・・・と心配になる。ここに書くのが憚れるような言葉で叱咤激励しているが、「ワシが怒っとる方がええんじゃ、後で逆転するんじゃ」と信じて疑わない。

「継承」の中で出てくるのが、帯にある「私が観ると、絶対に負けるの」というセリフである。これは語り手である女性の母親の言葉である。「わかる!」とか「これ私だ!」と思われている女性が多いように聞く。言っておくが、このお母さんはレベルが違う。逆に神々しくさえある。「お母さんは広島の人じゃないけえ、カープのことはわしが全部教えたんじゃ」のお父さん・・・頑張ってください。
個人的には三部作の中で一番好きな作品は「点点」である。恋愛とか色んな理由があるからだがここでは言わない。「ほんまに大事なことは書かんし、言わん」のである。

カープ三部作もそうだが、物語の中で語り手がふいに過去の自分に戻る場面がたびたび登場する。これが好きだ。幼い頃の出来事を思い出すことは時に胸を痛くするが心地よくもしてくれる。「古くなるほど酒は甘くなる」(ピエロ/中島みゆき)のである。「ヒヨドリ」、「園の花」、「かたわら」、読んでいて、どこから過去でどこから現在か見分けがつかなくなる。会話なのか独り言なのかも。文章に改行がなく繋がっているからかもしれない。読みはじめは戸惑うが、そこが良くなってくる。クセになり、もっと読みたくなる。俗な言い方で申し訳ないが、ぎっしり詰まっていてお得感満載、お値段以上〇〇〇な1冊なのだ。

「ほら、電車が来ましたよ」という女性の声で目が覚めた。暖かい待合で居眠りをしていたのだ。いや何か変だ。隣にいた女性に「何を読まれているのですか?」と訊かれ本の内容を説明していたはずだ。現に手にしているのは『小島』だ。新潮文庫なのでスピン(栞の役目をしているひも)から読みかけのところを探る。確か「かたわら」の初めのところに挟まっているはず・・・が、スピンは「卵男」のところにあった。ある女性作家がシンポジウムに参加するために行った韓国で体験した不思議な話だ。小山田さんが書かれるのは日々の正確な記録。このお話も実体験が基になっているのだろう。
後でふと思った。待合を出ながら彼女が云ったのは「本、私が書きましたよ」ではなかったか・・・女性は眼鏡をかけていた。

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