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いつか読書をする人へ

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井上いつかがおすすめする本です。


啓文社スタッフ「井上いつか」による本のレビューです。井上いつかがお送りするコラム!
啓文社のスタッフであり、『本の虫』としても有名な「井上いつか」がオススメする本のコラムです。さて、今回はどんな本でしょう?

2024/07/12 更新

いつか読書をする人へ


井上いつかがおすすめする本です。


フィクション

文化の脱走兵

著者:奈倉有里

出版社:講談社

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文化の脱走兵

11歳くらいの頃。
教室で誰かが誕生日の本を持っていた。いろいろなアイドルや俳優の誕生日が載っていて、わたし○○と同じ誕生日!などときゃーきゃー言っていて、わたしも誕生日を見てもらった。
なにこれ…皆黙りこむ。他の子の日には皆有名な人が書いてあるのに。外国人…いやなんか聞いたことある、文豪ってやつじゃない?漱石みたいな。
ドストエフスキー
11月11日生まれです。
すごくがっかりしたけれど、なんとなく覚えていて後にドストエフスキーの小説を何作か読みました。カラマーゾフの兄弟さいこう。地下室の手記すき。

奈倉有里さんが留学時代を過ごしたロシア。
一緒に大学を、ペテルブルグのスーパーの中を、いくつものロシアの物語や詩の中を、ゆっくりと歩いてまわっているよう。
そこにいる人たちの顔が、どんな笑顔やしかめ面をしているのかだんだん頭のなかに思い描けてくる。
そして、そのわたしたちと変わらず暮らす、あの人たちの前に現れる戦争の姿も。わたしと同じ、普通の毎日を過ごす人たちの前に。

誰かひとりの「友達」に宛てた小説がこの世にあるように、このエッセイはもしかしたら「わたし」に宛てて書かれたものなんじゃないだろうか。
それくらい、わたしの心にちょうど良く届きました。

わたしがずっと前に失くしてしまった、幸せな永遠に思えた夏が。
小さい頃この世界に争いがあることが苦しくて毎晩泣きながら祈っていた気持ちが。
遠い国の遠い過去の物語にわたしとおんなじ気持ちを抱えた人がいた。さびしさが減ったような気がした。

自分が本当に大切なものは何か知るためには、嬉しい、楽しいものを知るだけでは足りない。
何を本当に悲しく思うのかを、目をそらさずにちゃんと見たいと思えました。


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