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本さえあれば、日日平安

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長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2024/07/06 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


文庫

『百年の孤独』を代わりに読む

著者:友田とん

出版社:早川書房

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『百年の孤独』を代わりに読む

駅員さんから叱られた。定期券で一旦改札を出たが回れ右して、また定期券で入ったからだ。その場合、本当は入場券が必要だったのだ。

定期券は乗車するためのもの。定期券があるからと言って改札を自由に出入りできるわけではないのである。
例えば改札を通って中にある売店で買い物だけして出る、あるいは時間つぶしのためだけに入る、誰かと待ち合せたり出迎えたりするために入る等々、定期券を入場券代わりに使用するのはルール違反である。また例え入場券で入ったとしても2時間以内に出なければいけない。それ以上になるとまた追加料金が必要とのことだ。

知りませんでした。ごめんなさい、もうしません…と謝罪して入場券分を支払い、改札を通してもらった。
出る前に駅員さんは私の定期券の利用状況を調べていた。もちろん再び入ってから後は、どの駅からも出た記録はない。「この間どこに行かれて、何をされていたのですか?」と訝しげに問いただされた。

LINEの返事がなく、お迎えがまだ来ていないと知った私は周りを見渡した。そこで目にした一番近いところにある座れる場所。それが、つい先ほど出てきたばかりの改札の向こうにある自販機横の椅子だったのだ。だから再度、定期券で改札を通り中に入り、自販機横のその椅子に腰かけてはコーヒーを飲みながら本を読んでいたのだ。ただそれが、夢中で読んでいるうちに2時間も経過してはいたが…

「『百年の孤独』を代わりに読む」 友田とん ハヤカワ・ノンフィクション文庫

ガブリエル・ガルシア=マルケスの小説「百年の孤独」を、読者であるあなたの代わりに「私」は読む。ところがつい話が横道に逸れて脱線してしまう。「それでも家を買いました」、ドリフターズのコント、「スタンド・バイ・ミー」、ドラゴンクエストⅢ、ミスタードーナツ、消息不明のA子・・・・様々な記憶がマコンドの出来事と混ざり合い、「私」はいつしか「読む」ことの正体に近づいていく。驚異の自主製作本、ついに文庫化。

もちろん本書に罪はない。読む場所を考えなかった私が悪いのだ。だが、それほど面白かった。著者は「まえがき」にて、こう書かれている。

「代わりに読む」と言っても、単に小説をあらすじの形に要約したり、作品の背景を解説したりしたわけではない。~ 無数の挿話からなる『百年の孤独』を読み進めながら、連想したドラマや映画、ドリフのコント、Yahoo!知恵袋の回答に、こんまりの片付け術まで。不思議なことに、こうして関係ないような物事に次々と脱線し、やがてまた『百年の孤独』へと戻る運動を綴ることによって、自分たちからは遠く離れた世界のように思われた『百年の孤独』の舞台・マコンドとそこで暮らす人々が、身近な存在に感じられ、荒唐無稽な物語が途端に腑に落ちたような気がしてくる。

脱線するのがいい。むしろ脱線した話の方が面白かった中学校の歴史の先生を思い出す。私も、このコラムを書く時にはそうしている。本を身近に感じて欲しいからだ。たまに、これは本の紹介ではなく、自分と家族の紹介ではないか、よく恥ずかしげもなく書けるなぁ・・・とご意見を頂くこともある。他の人からもだが、家族からも同様の苦言を受ける。

でも考えると、そのようなご意見や苦言を頂くということは、その方々がコラムを読まれているという証拠である。紛れもなく誰かの代わりではなくご本人が、である。また、そのうちの何人かの方は、コラムでご紹介した本を店頭で手に取られているはずである。現にご紹介した本を集めたコーナーから、それほど頻繁ではないが1冊、2冊(少なくてすみません…)と売れている。
『百年の孤独』そして「誰かの代わりに本を読む」ことはできるのか?に少しでも興味を持たれた皆さん、ぜひ本書をご自身で読んでお確かめ下さい。

その時、話しかけてきたのは私の息子ぐらいの若い駅員さんだった。実は一瞬「ちょっと何よ!言い方があるじゃろう、こっちはお客さんでー」とも思ったが、前回ご紹介した『いい人すぎるよ図鑑』が、その気持ちを鎮めてくれたことを、ここに記しておきたい。

そして今回のコラムを一番読んで頂きたいのは、もちろんその時の駅員さんだ。本当に悪気はなかったのです。知らなかっただけですから。

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