おすすめの本RECOMMEND
いつか読書をする人へ
井上いつかがおすすめする本です。
啓文社スタッフ「井上いつか」による本のレビューです。井上いつかがお送りするコラム!
啓文社のスタッフであり、『本の虫』としても有名な「井上いつか」がオススメする本のコラムです。さて、今回はどんな本でしょう?
2024/08/15 更新
いつか読書をする人へ
井上いつかがおすすめする本です。
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本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む
著者:かまど、みくのしん
出版社:大和書房
本を読んだことがない。という人へ。
本当の所を言うと、別に本を読まなくても、読めなくっても全然問題はないよ。と個人的には思っています。本屋だけれど。
文字の本、以外にもこの世にはいろいろなコンテンツがある。
漫画やアニメや映画やゲームやイラストや動画やブログやSNSやライブや配信や…どんな表現方法でも、表現は素晴らしくて、きっと誰かの心に届く。
でも、もし。
実は、本を読んでみたいな。と、ちょっとでも思っているとしたら。よかったら、みくのしんと一緒にはじめての読書を楽しんでみて欲しい。
本なんて読まなくっても楽しいことはいっぱいあるけれど、もし本を気に入ってもらえたら、もっともっと楽しくなると思うから。
「走れメロス」「一房の葡萄」「杜子春」もちろん全部読んだことがあるし、「杜子春」は好きで何度も読み返す小説だった。でも、いやもう…みくのしんとかまどと一緒に読んでて泣きに泣いた。一人で読んでたら、せいぜい涙ぐむ、くらいだったのに。
こんなにも物語の中に飛び込み、主人公に寄り添い、共に驚き、笑い、怒り、そして泣く。みくのしんが物語の中に入り込み共に今、生きている。これは能力だ。みくのしんのスタンド能力だ、わたしたち全てを物語の中に引きずり込む。そしてみくのしんに寄り添うかまど。一行ごとに立ち止まるみくのしんに、答えを与えるではなく、彼の中から生まれてくる答えをじっと待つ。どんな風に読んでも自由だよ、と受け入れてくれる。ふたりと一緒に進む読書は、今まで行ったことのない景色を見せてくれた。
そう、わたしが読書が好きな理由は、わたしが始めないと物語が進まないところだ。わたしが思い描いたオーダーメイドの物語がわたしの中に生まれるところだ。みくのしんにはみくのしんだけの「走れメロス」があるし、わたしにはわたしだけの「走れメロス」がある。この本でわたし以外の読書世界を、みくのしんの世界を体験させてもらった。凄まじかった。
子どもの頃、物語はわたしにとって現実で本当のことで、夢見がちと笑われていました。でも今でも、ただのお話とは思えない。あの涙やあの苦しみは、わたしの苦しみや悲しみと同じだったし、同じ痛みを持つ者同士で物語に出てくる全ての人と手を繋ぎ会えた。一番嫌いな自分や、大事にしたい思いも全部本物だった。
いつからか、読書を「こなす」ものとしてしまってはいなかったかな?みくのしんの一行一行を読み捨てないやり方をみてぎくり!ともしてしまった。
そして、この最後に収録されている「本棚」!あの「変な家」の雨穴の最新作。
みくのしんと一緒に読む前に、まずは一人で読めるようになっていたので、先に読んでからみくのしんと共に読むページに進みました。
まず、ひとりで読んだときに、これはわたしのために書いてくれた物語か、と思った。ぐらぐらするくらい。
そして、みくのしんと読んだ。そうしたら、みくのしんのために書かれた物語になった。雨穴……っっすっっごい!!そして、読書ってそういうものなんです。
読む人が書いた人と共につくる。自分だけの世界。
今まで雨穴読んだことなくてやばい!え!読みたい!
あ、うちに「変な家」あるじゃん!中学生の部屋の本棚に!
貸してもらおう。
太宰治·有島武郎·芥川龍之介·雨穴。
名作揃いです!!
この本の最後に「本棚」が収録されてて本当に良いです。
最高のアンソロ本になっています。
そしてこの本。
「本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む」
Webメディア「オモコロ」に掲載された「本を読んだことがない32歳が初めて「走れメロス」を読む日」を読んで、わたしはこの記事を人に薦めまくった(家庭内)。中学生はもちろんすでに知っていたし(インターネットを母親より詳しくない中学生はいない)夫は読んでくれなかったのでほとんど音読する勢いで口頭で説明した(泣きながら)。
この本が発売になると知って、文芸書担当に無理を言って配本数を増やしてもらった(もっと多く入れればよかった!全然足りません!)。発売するのを心待ちにしていた。入荷する日は分かっているのに売場をきょろきょろしてしまう。どの辺に置くのかな。あの表紙は平台で映えるかな。初速が悪かったらどうしよう…。
今日までに何回読み返したか。最初から最後まで通して読んだり、好きな所をパラパラをつまみ読みしたり。毎回泣いてしまう。そして泣いていると中学生が頭を撫でて通りすぎてくれる。
かまどが始めた物語は、本を読まないみくのしんの目を開かせただけではなく、我々読書人の完結した世界をも打ち壊した。カプセルの中の孤独な平穏な眠りから、目覚めさせられてしまった。かまどとみくのしんは、読書を変えた。これからふたりがわたしたちをどこへ連れていってくれるのか、この物語はどんな新しい地平を見せてくれるのか。楽しみで仕方ありません。