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いつか読書をする人へ

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井上いつかがおすすめする本です。


啓文社スタッフ「井上いつか」による本のレビューです。井上いつかがお送りするコラム!
啓文社のスタッフであり、『本の虫』としても有名な「井上いつか」がオススメする本のコラムです。さて、今回はどんな本でしょう?

2025/02/04 更新

いつか読書をする人へ


井上いつかがおすすめする本です。


フィクション

頁をめくる音で息をする

著者:藤井基二

出版社:本の雑誌社

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頁をめくる音で息をする

尾道に夜中だけ開く古本屋がある。
開店して間もない頃に何度か行ったことがありました。
やっとひとりで祖父母宅にお泊まりに行けるようになった子どもと別れて久しぶりに尾道の夜をうろうろする。
懐かしいより不安がつのる。何かを抱えて手を引いて歩いていないのがバランスがとれない。たった数年の子育てで本を読むことをすっかり忘れた。大好きなはずの古本屋なのに背表紙のタイトルがひとつも頭に入ってこなくて、村に帰ってきた浦島太郎のように絶望してしまったのを覚えています。もうここは、この時間はわたしの場所ではないのかも。黙々と本を読んでいる若い店主にも気圧されてしまった。あの人はこの町の夜に居場所があるんだな。すみません、去ります…。

っていうのは、まあ、気のせいでしたけどね!

子どもも中学生。
すっかりがつがつ本を読み、たまにはシャッターの閉まった夜の尾道の商店街に酔っぱらいの声を響かせながら終電を捕まえに走るぜ!のわたしを取り戻しました。
少し前、土日は昼間の営業もされている古本屋弐拾dBに子どもとふたりで立ち寄りました。
少し緊張しながら入ったけれど、今度はもう楽しくて楽しくて。ただただ本の背表紙をひとつずつ読んでいくのが嬉しくて。ひそひそ声で子どもとおしゃべりしながら二冊ずつ本を選んで外に出ました。

午後の明るい町を歩きながら「面白かったね」とか「また来ようよ」とか子どもに話しかけると返事がない。
あれ?さっきまで楽しそうにしていたのに、何か気にさわったのだろうか?思春期難しいな。
黙りこくっているので気になって「どうかした?」とさらに声をかけてしまった。すると、

「  あんな

    ふうに

     生きられたら  」

聞いたことのない声色で、みたことのない顔で、ゆっくりと呟くのが聞こえた。

「え…」の後無意識に吐き出そうとした言葉をヒュッ!と吸い込んだ!危ない!わたし今、何を言おうとした??
むりむり!
甘くないよ!
なに言ってるの?
なんなら今わたしは笑おうとしていなかったか?
眼差しやため息ひとつも攻撃になってしまう、恐ろしい『親』の力が漏れ出そうになったのを寸でのところで止められました。いまだに持て余す恐ろしい力です。

百の言葉を飲み込んだ後にやっと
「…そうだね、実際にああやって生きている人がいるね…」
とだけ言えたけれど、あれ以来子どもがわたしの半身ではなくなってしまったのを感じています。
成長。自立。なんか心とか意志がある~。当たり前だけど。
そしてまた弐拾dBが恐くなってしまった。また行きたいけど。ちょっと素敵すぎる。

頁をめくる音で息をする。
それでやっと息ができる。そんな時がわたしにもあった。中学生の我が子はもしかしたら今、そうなのかもしれない。
昨日この本を読んでいたら子どもがわたしの手元を遠くからじーっと見ていた。
直接薦めはしないでおこう。
中学生が親に薦められた本を読むわけない。
わたしの本棚に置いておけばきっと勝手に漁るだろうから。



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