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本さえあれば、日日平安

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長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2025/07/18 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


文庫

火花

著者:又吉直樹

出版社:文藝春秋

火花

第173回芥川賞・直木賞は、両賞ともに「該当作なし」だった。27年半前、第118回(平成9年/1997年下半期)以来とのこと。
ふと思った。書店員歴40年の私は、もちろん27年半前のその日を経験している。オジサンあるあるで、最近のことは忘れても昔のことは覚えている・・・、はずなのにピンとこない。

インターネットで調べてみた。第118回(平成9年/1997年下半期)の直木賞候補作は、北村薫『ターン』、折原一『冤罪者』、京極夏彦『嗤う伊右衛門』、桐野夏生『OUT』、池上永一『風車祭』。
この面々(いまは選考委員になられた方)と作品のときでも「該当作なし」だったとは。

そして他にはどんな本が売れていたのだろうと1997年ベストセラーを検索してみた。年間の第一位は、渡辺淳一『失楽園 上・下』だった。

書店員あるあるだが、『失楽園』きっかけで思い出した。確か三原店に勤務していた時だ。現在のイオン三原店に移転する前、マリンロードという商店街に店があった頃だ。『失楽園』だけをワゴンに積み上げ、店に入ってすぐのレジ前に置いていた。その時に備品として購入したワゴンを「失楽園ワゴン」と称して、その後も旬の話題作品を入れ替えながら、1点集中、てんこ盛りにして販売した。ちなみに大ブームだった「たまごっち」も仕入れてレジ横で販売していた。

そんな感じで売れていた本と当時勤務していた店を思い出していった。『サラダ記念日』の時は福山本通り店、『ノルウェイの森』はブックシティ店、『ハリー・ポッター』は高須店、『火花』(又吉直樹/文藝春秋)は瀬戸店など、場所を空けてワクワクして入荷を待っている時、商品が届き嬉々として店頭に並べていた時の様子まで思い浮かべることができる。
そして『マディソン郡の橋』、『白い犬とワルツを』、『バカの壁』・・・あれはどの店の時だっけ?

余談だが、1997年は映画『タイタニック』が公開(12月20日)された年でもあった。それでまた思い出した。些細なことで妻と喧嘩して家を飛び出した。口で言い負かされ(今もそう…)面白くなかったのだ。私はお酒が飲めない、ギャンブルもしない、愚痴が言い合える気のおけない友もいない。たった一人でいじけながら『タイタニック』を観た男子35歳の冬。
でも観終わって家に帰り、いい映画だからぜひ観るように、なんなら一緒に行く?と興奮気味に妻を誘っていた。結局、彼女が唯一の気のおけない友だちだったのだ。

話を戻すと過去の受賞作で最も印象的だったのは、又吉直樹さんの『火花』である。
芥川賞を受賞された本書もだが、太宰治をはじめ又吉さんが薦める作品、帯にコメントを書かれた作品はことごとく売れていた。又吉さんだけでなく、「読書芸人」と呼ばれる方々が紹介された作品も良く売れた。追い風というのか、世の中の注目が本、読書、書店に向いていた。

なので今回の「該当作なし」は残念。でも、いま書店に行けば4時間かけても選びきれなかった甲乙つけがたい候補作が店頭にある。賞にこだわらず、普段から各分野の担当スタッフが独自で推している作品を目にすることもできる。

「読むのを学ぶことは火を灯すことだ。綴られた全ての音節が火花である」 ヴィクトル・ユーゴー

出会った時が新刊。ぜひ書店に。

『火花』 又吉直樹 文春文庫

売れない芸人の徳永は、天才肌の先輩芸人・神谷と出会い、師と仰ぐ。神谷の伝記を書くことを乞われ、共に過ごす時間が増えるが、やがて二人は別の道を歩むことになる。笑いとは何か、人間とは何かを描ききったデビュー小説。第153回芥川賞受賞作。芥川賞受賞記念エッセイ「芥川龍之介への手紙」を収録。

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