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本さえあれば、日日平安

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長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2025/08/10 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


フィクション

サバイブ!

著者:岩井圭也

出版社:祥伝社

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サバイブ!

「あっ、失敗した」と妻がキッチンでつぶやく。「どしたん?」と訊くと「朝ごはん3人前作っとった・・・」という。もうずいぶんになるので今ではそんなことは無いが、息子が家を出て夫婦2人だけの暮らしになった直後の話である。
出来上がった3人前を2人で分け、期間限定キャンペーンのごとく1.5倍に増量された朝食をいただく。「こんなんして太っていくんよなぁ~」と夫婦してポンポンとお腹をたたく休日の朝である。

休みなので省略しても良いのだが、ふだん通り朝は髭をそる。時間があるので、ついでにシェーバーの掃除をする。「ブ」で始まり「ラ」と「ウ」が続き「ン」で終わる(結局全部言ってしまった)某有名メーカーのもので息子とお揃い、というか彼からプレゼントされたものだ。
いまは30歳になった息子が髭をそり始めた頃は、私のシェーバーを「ちょっと借りるね」といっては使っていた。高校を卒業してすぐに働き始めた彼は自分専用のものを購入し、それが使いやすいからと私にも同機種の色違いを買ってくれたのだ。

刃を交換しながら息子から贈られたシェーバーを使い続けている。替刃を購入しに行くと型番を見たスタッフが、「長くお使いになられてますね」と言いながらも新しい機種をお勧めしてくれる。もちろん買い替えるつもりはない。廃番にならないことを願うばかりである。でも息子は私と「おそろ」ということにこだわっておらず、既に買い替えていたりして?
だとしたら、また彼に同じのをおねだりしてみよう。

そんなことを考えながら、シェーバーのヘッド部分を外して水洗いをする。その時つくづく年齢を感じる。まとまった髭を見るとよりわかるのだ。これまで黒々としていたのが灰色になっている。白いものがかなり混じってきているということだ。
息子も定期的にシェーバーを掃除しているだろうが、こんな感傷的なことは思わないだろう。いまだ独身であることも含め、彼の若さがうらやましくて仕方ない。

ああああああああ!若くて独身だったあの頃にタイムスリップしてぇ~

『サバイブ!』 岩井圭也 祥伝社

奇跡を起こせるのは、最後の最後まで奇跡を信じきったやつだ――、資金なし、経験なし、計画性なし。あるのは志とビジョンだけ。ベンチャー起業の紆余曲折と仲間たちとの絆を描いた、お仕事×青春小説。

以前、このコラムにて『ひと』(小野寺文宜/祥伝社文庫)についてこのように書いたことがあった。
「小説を読んでいる時、主人公が男性ならば、その年齢がいくつだろうと自分を投影して読むことが出来る。私自身が中学生、高校生になり、新入社員にも中年男性にも、これから実際に迎えるであろう老境の水夫にもなれるのだ。主人公と一緒に楽しんだり苦しんだり、恋愛もできるのだ。だが本書では息子が主人公になった」

『サバイブ!』も知らず知らずのうちに親目線で読んでいた。大手企業から内定を獲得した黒川虎太郎(コタロー)は、ステージⅣの悪性リンパ腫になったことで就職どころではなくなる。もうそれだけで息子のことのように心配になって「コタロー大丈夫か?」と彼のことが気になって仕方ない。治療が功を奏し、退院できた時はホッとした。

40年も書店に勤めているのに読み方が素人のようだが、この方が物語に入り込める。評論家目線でツッコミどころを探したり、現実的ではない個所を批判しながら読んでは愉しめない。読書に関しては、いつまでも素人であり続けたい。
また素人ついでに言わせて頂くと、コタローが『生きるための起業』を読み、著者のべルナルド宮本にメッセージを送り、実際に会ってから「起業」へと物語がグッと動き出すところでは、とにかく本は読んでみるもの、人には会ってみるものという、社会人として生きていくための基本というものを改めて教えられた気がする。

そして「なにかを成し遂げたいのなら、死ぬ気で働かないといけない時期が必ずあると思うんだ」という、今どき流行らない無茶な働き方と仕事への向き合い方、ときにぶつかり合う仲間との関係は、昭和のおじさんにとって自身の若い頃を思い出させ、たまらなく魅力的で胸が熱くなった。

この物語は若い方はもちろんだが、中高年にこそグッと・・・いやグググッとくるはずである。

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