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本さえあれば、日日平安

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長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2026/01/29 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


ノンフィクション

生活史の方法 ー 人生を聞いて書く 

著者:岸 政彦

出版社:筑摩書房

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生活史の方法 ー 人生を聞いて書く 

まるで帰宅したのを見ていたかのようなタイミングで電話が鳴る。「ほら、カレシからよ~」と笑いながら妻が私に目配せする。受話器をとると父。
「おっ、帰ったか。遅くまでご苦労じゃの。ところで明日は休みじゃろう」と病院や買い物の付き添いを頼まれた。
毎週だったので正直面倒に感じることもあった。だが、それはもう二度とかかって来ない。

父の一周忌を前に兄と妹とお墓の掃除に行った。3人で話すのは父、そして30年前に還暦で亡くなった母のこと。気づけば私は母より年上になっている。

「お父さんが93歳まで長生きできたのはお母さんのお陰かもね」
「なんで?」
「お母さんはそんなに早く来て欲しくなかったんじゃないかなぁ。あっちで会って、また色々と用事を言いつけられるかも知れんから…」

お墓の前でちょっぴり不謹慎なことを言い合えるのも、この両親から生まれた子どもたちだからこそ。

それぞれ思い出がある。ただ仕事や結婚で地元を離れていた兄と妹に比べ、ずっと近くにいた私は父と話す機会が一番多かった。病院の送り迎えや買い物の後で必ず一緒に食事をしたからだが、いま思えばとても貴重な時間だったのだ。

父は高校を2度卒業したと言っていた。農家の長男だった父は小学校を卒業して農学校で学んでいた(当コラム2021/09/03更新『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』をご参照ください)。
5年制だったので今の中学3年をへて高校2年までにあたる年月を過ごし卒業を迎える。それが戦後に学校制度が変わった。ちょうどその境目だったようで、更に1年延びて現在と同じ高校3年でもう一度卒業したという。

農学校なので稲作や野菜作りを学んでいたのだと思っていたが、実は畜産科だった。牛の人工授精の免許も持っていると聞いて驚いた。最終学年になると実際に先生と一緒に農家をまわり、牛や馬などを診る手伝いもしたそうだ。

更にもっと上の学校に進んで獣医師になりたかったとも聞いた。父には「動物のお医者さん」という将来があったかも知れない。だとしたら、どんな人生だったのだろうか。
だが、そのような「もしも」の世界よりも実際の出来事や経験をもっと、もっと聞いておきたかった。

『生活史の方法 ― 人生を聞いて書く』 岸 政彦 ちくま新書

「ひとりの人間の、人生の語り」が生活史です。この本は、生活史を聞いて原稿を書き、冊子にまとめて作品とするための手引きとして書かれています。沖縄で25年にわたって聞き取り調査をしてきた著者が、生活史の美しさ・おもしろさから、そのむずかしさ・暴力性まで、これまでの考え方をまとめた一冊です。

これまでもコラム「本さえあれば、日日平安」に何度か父のことを書かせて頂いた。図らずも「人生を聞いて書く」ことができた。公私混同もいいところで、その内容も書き方も良いか悪いかわからない。でも、これが正解というのがないのも「生活史」であると本書で知った。

ちなみに父は2度目の高校卒業の時、友達と一緒に今でいうところの卒業旅行に出かけた。そして旅先で二人組の女子と知り合い、しばらく一緒に行動した話を聞いた。ふとした弾みで、そのうちの一人の女子が足を滑らせ川に落ち服を濡らした。替えの服を探してあげようと奔走するうぶな男子2人…本人の許可がないのでこれ以上は書けない。
でもナンパしたことあるなんて、やるじゃん、お父さん。

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