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本さえあれば、日日平安

本さえあれば、日日平安

長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2026/03/23 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


文庫

喫茶おじさん

著者:原田ひ香

出版社:小学館

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喫茶おじさん

二刀流と呼ばれてみたい。なんだか「できる人」って感じがするからだ。自分の中の二刀流を無理やり探す。
何かそれっぽいものはないだろうか…、そうだ早番と遅番があるではないか!!

営業時間の関係で朝出勤とお昼からの出勤がある。書店の仕事なのでどちらも同じでは?と思われるかもしれない。ところがどっこい、それが大きく違うのだ。
開店前と閉店後ではやるべき作業内容が異なる。いつも遅番だと開店前の準備から午前中の段取りがわからない。早番だけだとレジ締めの方法や退出時間が迫る中で発生したトラブル処理の慌ただしさを知らない。

わからない、知らない、できない、多くの「ない」が、お互いそれぞれにある。「NAI・NAI・NAI 恋じゃNAI」(シブがき隊/1982年)のナイナイ16だ。いや年齢詐称はよくない。ナイナイ60である。

また40年も書店で働いているので多くのジャンルの担当を経験した。初めての担当は文芸書とビジネス書。その後は理工書、教育書などの専門書。そして略称「学参」の学習参考書。文庫、新書はもちろん実用書、雑誌、コミック、児童書も担当したことがある。
そうなると二刀流というより複数のポジションをこなすユーティリティプレイヤー(野球は詳しくないのでネットで調べました)である。

さらに言うと地図旅行書、芸術書、資格書、医学書など細かく分けられるが、いまはもう分野自体が無くなったジャンルがある。それは「カセット文庫」。

「カセットブック」ともいうが、その名の通りカセットテープに小説やエッセイの朗読が録音されたものだ。朗読者はアナウンサーや声優、俳優というプロの方だけでなく、椎名誠さんなど著者ご本人のこともあった。また司馬遼太郎さんや小林秀雄さんの講演会そのものを録音したものもあった。
本や雑誌の付録ではない。商品として単独で販売されており、ひとつのジャンルとしてしっかりと棚があったのだ。

現在のオーディオブックと同じく、それは家で聴くというより移動中や運転中の車内で聴くといことが多かった。私も妻の実家に帰省するとき聴いていた。残念ではあるが、自分で編集した「マイベスト」のカセットは封印した。

幼い子どもがいたので童話やアニメなどの物語を吹き込んだものが中心となったが、ときには時代小説を聴いていた。小池朝雄さん、名古屋章さん、鈴木瑞穂さんが朗読される山本周五郎作品が好きだった。
ちなみにこのコラムのタイトル「日日平安」(にちにちへいあん)も山本周五郎作品から拝借した。黒澤明監督の映画「椿三十郎」の原作小説である。

話を戻すと選手兼監督というパターンの二刀流もある。いわゆるプレイングマネージャーである。現場で業務をこなしながらマネジメントも行う管理職、書店で言えば分野の担当を持っている店長ということだ。

余談だが、「店長が担当を持つとしたら実用書がいい」と言われたことがある。季節ごとに計画を立て管理すべき分野であること。定番商品や年度版が多く毎年同じことの繰り返しと思えるが、その年によって売れる傾向が違う。華やかな文芸書と違い地味ではあるが、店全体に占める売上の割合は文芸書と同じくらい大きい。

そんな実用書をしっかり管理している姿をスタッフに見せるのだと。いちいち教えなくてもいい。言葉よりも行動で示せ。背中で語れ。いまは懐かしい昭和という時代の話である。

私も経験してきたが、店長は全体の責任があるので大変だ。売上を見るのが辛く、胃が痛むことも多い。
読書が趣味であり『本は眺めたり触ったりが楽しい』(青山 南/ちくま文庫)、そんな思いから書店に就職した。
「好きこそものの上手なれ」という。しかし好きなことを仕事にすると実際には…

『喫茶おじさん』 原田ひ香 小学館文庫

松尾純一郎、バツイチ、57歳。大手ゼネコンを早期退職し、現在無職。
妻子はあるが、大学二年生の娘・亜里砂が暮らすアパートへ妻の亜希子が移り住んで約半年、現在は別居中だ。
再就職のあてはないし、これといった趣味もない。ふらりと入った喫茶店で、コーヒーとタマゴサンドを味わい、せっかくだからもう一軒と歩きながら思いついた。趣味は「喫茶店、それも純喫茶巡り」にしよう。東銀座、新橋、学芸大学、アメ横、渋谷、池袋、京都──「おいしいなあ」「この味、この味」コーヒーとその店の看板の味を楽しみながら各地を巡る純一郎だが、苦い過去を抱えていた。妻の反対を押し切り、退職金を使って始めた喫茶店を半年で潰していたのだ。
仕事、老後、家族関係……。たくさんの問題を抱えながら、今日も純一郎は純喫茶を訪ねる。『三千円の使いかた』で大ブレイクの著者が描く、グルメ×老後×働き方!(作品案内より)

珈琲の好きな人が喫茶店のマスターに憧れるのはよくわかる。読書の好きな人が書店の店主に憧れるのと同じ気持ちだからだ。本や珈琲そのものだけでなく、その空間に居たいのである。
本書の中にこんな記述がある。

「こうして、薄暗い店の中で優しい味の甘味を食べ、コーヒーを飲んでいると、まるでカウンセリングを受けているかのように、いろいろなことが思い出される」

棚を眺めているだけで「カウンセリングを受けているかのように」感じられる。
そんな書店をつくりたいものである。

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