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本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
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本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!
2026/09/27 更新
本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
ノンフィクション
たべるノヲト
著者:松重 豊
出版社:マガジンハウス
小説を読んでいる時、登場人物のイメージから普段見ているドラマや映画で知っている俳優を想い浮かべ、自分なりに配役を決めていることがある。また著名な方が綴られたエッセイなら、ご本人の姿や声を思い浮かべながら読んでいる。
ふと思う。ではTVや映画などの動画が全く存在しなかった昔は、物語を読みながら誰を思い浮かべていたのだろう。
少しだけ掲載されていた挿絵から人物の容姿や動きを想像していたのか、それとも年に一度、秋祭りの時にやってくる旅一座(いつの話?)の役者だろうか。はたまた親しい友人、知人、ご近所さんの誰か、もしくは家族だろうか。
そういえば夜寝る直前までTVドラマを見ていると、それと似通ったストーリーだったり、出演されていた芸能人っぽい人物が夢に出てくることがある。
だから寝る前は怖い話は避ける。できれば恋愛ものが望ましい。艶っぽい話だとなお良い。
夢の中の私は現実よりずいぶんと若く高校生だ。自分が思い描いた設定では、クラスのマドンナ的な女子が彼女だ。
だが、現れたのはどう見ても40年近く連れ添っているリアルな妻だ。還暦をとうに過ぎている彼女がセーラー服を着ている。どういうことだ。コスプレか、それとも罰ゲームなのか?
妻としか思えない夢の中の彼女は、少し甘えた口調で言う。「次の授業は音楽なの。子どもの面倒はあなたがみてね」
渡された赤ん坊。確かにわが息子だ。自分は高校生のはずなのに、わけわからん…でも仕方ない。父親なのだからと妙に納得し、赤ん坊を連れて授業を受ける。
私の選択科目は美術だ。教室に入るとクラス中の女子が「かわいい~」といって駆け寄ってくる。女子に囲まれるのは正直うれしい。よっしゃ!ええど~これからいい夢になっていくのだ。夢の中で私は思う。
制服を引っ張られて振り向く。小さな女の子が私を見上げ、モジモジしながら「お父さん、おトイレ」という。忘れていた。私には娘もいたのだ。
「早よう連れて行ってあげんと」と同級生女子たちは言う。こいうときはどっちだ?女子トイレ、いや男子トイレ…と迷っているうちに目が覚めた。
そして気づく。実際に行きたかったのは私自身だったのだ。最近は、よく夜中にトイレに起きる。年はとりたくないものである。
戻って来てまた布団に潜り込む。でもさっきの夢、息子がまだ赤ちゃんで娘が3歳か4歳ぐらいだったので、私たち夫婦が30代の頃だ。いま思えばずいぶん若い。子どもは幼く毎日バタバタだった。店長になり、仕事も大変だった。だけど家族といると楽しくもあった。高校生の頃が自分自身の青春だとしたら、あの頃は私たち家族の「青春時代」だったのだ。
松重 豊さんの『たべるノヲト。』(マガジンハウス)を読んだ。雑誌『クロワッサン』に連載(2022年6月~2024年8月)された「食の記憶」をテーマにしたエッセイ集である。
腰痛で苦しんでいた今夏、テレビせとうちで夕方に再放送されていた「孤独のグルメ」を見ることで随分と助けられた(詳しくは前回の『プレゼント』をご参照ください)。主演の松重 豊さんにひとかどならぬ恩義を感じ、どんな人かとインターネットでプロフィールを検索すると、生年月日から学年が一緒であると知った。
同学年(松重さんは早生まれ)として興味がわき更に検索を続けると、YouTubeの公式チャンネルで自ら本書『たべるノヲト。』を朗読されている『しゃべるノヲト。』を発見した。ご本人の朗読を聴きながら同時に活字を追っていくという、まるで国語の授業のような体験ができた。
その声と松重節というべき語り口に引き込まれる。回想シーンのごとく映像が目に浮かぶ。もちろん生まれ育った場所も環境も違う。でもこれまで生きてきた時代の風景は一緒だ。子どもの頃の想い出には共感することも多い。
「何かを挟んでいる系の食べ物、ビスコとかオレオの類、開いて上の前歯で中身をこそぎ落したくなる衝動に駆られる」
「一般的にメロンソーダと言われるそれは、僕らの時代には粉末で売られていて水に溶いて飲んだ」
「海賊と聞いて何を想像するか。僕はひょっこりひょうたん島のトラヒゲの絵が最初に飛び込んでくる」
もちろん子どもの頃の話だけではない。大学の授業を受けた記憶は曖昧だが、戯曲集を漁りに通った神保町古書店街。二十代後半、家庭を持ったことできっぱりと足を洗った賭け事。30代半ばまで続いた「食えない」役者生活。
おじさんが食べるだけの番組を任された時、ベンチマークにした吉田類さんの「酒場放浪記」。年頃の娘を持つ父親、そんな役回りがめっきり増え、年に2回は花嫁衣装に身を包んだ娘とバージンロードを歩いている現在。CMと映画で2度も父娘関係を演じた小松奈菜さんを、どこか父親気分で見守っている…
そんな日々のエピソードと記憶に残る料理と食材、イラストレーター・あべみちこさんの描くおいしそうな食べ物が盛り沢山。
それぞれの話にタイトルが付けられているが、そこから食材や料理を想像するのも愉しい。
『尻状の顎を持つ二の腕の細いセーラー服を着たビーガン男』・・・ほうれん草
『先を見通せるはずだったのに何か詰まっていて私は涙が出るわ』・・・辛子蓮根
『昭和グルメの殿堂とでも言うべきデパートの大食堂で白い大噴射』・・・ホワイトアスパラガス
『焼豚を載せてくれと言っているだけの武将の切なる願いも却下』・・・タンメン
そして『還暦過ぎても腐らず発酵を続ける消費期限の長い俳優になろう』・・・どんな食べ物かは、読んでお確かめを。
名前が「字面3文字のイメージゆえに混同されることがある」と作家の重松 清さんのことも書かれていた。実は重松 清さんも同学年である。
ユタカとキヨシもタメ年、と言いたいだけのプチ自慢。
