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いつか読書をする人へ

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井上いつかがおすすめする本です。


啓文社スタッフ「井上いつか」による本のレビューです。井上いつかがお送りするコラム!
啓文社のスタッフであり、『本の虫』としても有名な「井上いつか」がオススメする本のコラムです。さて、今回はどんな本でしょう?

2007/07/14 更新

いつか読書をする人へ


井上いつかがおすすめする本です。


ノンフィクション

ダメ犬グー

著者:ごとうやすゆき

出版社:幻冬舎

ダメ犬グー

「自分には、家族よりも犬を子どものように溺愛する気持ちがわからない。犬が死ぬ本を読んで泣けるのに、自分の家族に優しい言葉をかけられないのか?どうしてこういう本が売れるのか教えてくれないか?」

何年も前にこんな質問をされました。
その時はうまく答えられませんでした。今、その答えを考えています。

確かに、今のペットブームには違和感を覚えることがあります。犬はぬいぐるみではないし、人間でもありません。
わたしには、小学生の頃からずっと一緒に育ってきた犬がいました。
ブリーダーさんのお宅から連れ帰った日の事をいまでもはっきり憶えています。人を怖がって鳴いている子犬の中から一匹、元気にわたしたちの所へ転がってきたのがその犬でした。元気すぎるやんちゃないたずら犬で、わたしたち兄弟も幼かったので、一緒に走り回ったり、かなり乱暴な遊びもしました。
犬がキーパーで、わたしがシュートする犬サッカー・・・。(一度、犬が鼻血を出した事があります。)犬をわたしが投げる犬柔道・・・。(一度犬が本気で怒ってかみつかれました。)今思うと本当に申し訳ない事ばかりです。
それでも犬はわたしたちが大好きなようでした。学校から帰ると飛び付いて喜んでいました。
海や山にも行きました。キャンプの時はテントの中で一緒に眠りました。子どもの頃の楽しい思い出には、いつでも犬がついています。
家族の誰かが部屋でこっそり泣いていても、犬には必ず分かるようでした。気が付くと隣にいて、心配そうにこちらをじっと見つめます。それから顔をなめてくれます。人の顔はなめないように躾けていたので、普段は決してしないのに。涙を流していなくても、人が泣いているのに気づく犬でした。
わたしたちが、10代も半ばになってくると、少しずつ、犬と転げ回って遊ぶ時間は減ってきました。遅く帰ってきて、待ちわびていた犬に飛び付かれると胸が痛くなりました。少しの間、忘れていてごめんね。
20代になった頃、喜んで飛び付いてくる犬を、服を汚されたくなくて、かわしてしまう事が増えました。犬は眠ったり、ぼんやりする事が多くなり、わたしたちが傍にいても玄関で誰かを待つようになりました。
小学生の頃は、犬が何を考えているのか、何を伝えたがっているのか、はっきりと分かっていたのにだんだん分からなくなっていきます。犬のほうも、わたしを「あれ?」という感じで見るようになりました。だいぶ年を取っていたその頃の犬が玄関で帰りを待っていたのは、子どもの頃のわたしだったのかもしれません。
一度、雨上がりの散歩中、子どもの頃のように一緒に走り回った事があります。汚れた犬に飛び付かれて、白いブラウスが、高かったスカートが泥だらけになりました。でもその時はそんな事一瞬も気にしなかった。そんな事を考えていたら、犬にすぐ伝わってしまって、いつものぼんやりとしたよそよそしい態度に戻っていたでしょう。
犬の中には子どもの頃のわたしの時間がそのまま閉じ込められていて、犬と触れ合っていると、いつでもそのまま取り出す事ができました。
大人になってから犬を飼うのでは、そんな風に感じる事はなかったと思います。
犬は、わたしが24歳の時に死にました。犬の15歳の誕生日の数日前の事でした。
自分の弟のようにいっしょに暮らしてきました。犬が家にやって来てから、子ども時代の全ての季節、時間を共有しました。弟なのに、子どもの心を持ったままわたしより先に年老いて死んでしまった。死ぬ3日前まで自分の足で立っていられた事。眠る前のため息に似た最後の呼吸の後、心臓が止まるまでずっと傍にいてあげられて良かった。
犬がいてくれて、わたしは幸せでした。犬もそうであったなら嬉しいです。

他の人がどう感じるかは分かりませんが、わたしにはこんな犬の思い出があるので、この本を読んで泣きました。
犬は動物です。けれど犬と人間が心を分かり合えるのだから、人間同士ならもっと優しくしたり、思いやったりできると思います。

今なら、そういう風に答えるんですが・・・。

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