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いつか読書をする人へ

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井上いつかがおすすめする本です。


啓文社スタッフ「井上いつか」による本のレビューです。井上いつかがお送りするコラム!
啓文社のスタッフであり、『本の虫』としても有名な「井上いつか」がオススメする本のコラムです。さて、今回はどんな本でしょう?

2007/08/03 更新

いつか読書をする人へ


井上いつかがおすすめする本です。


文庫

わたしたちが孤児だったころ

著者:カズオ・イシグロ

出版社:早川書房

わたしたちが孤児だったころ

Unreliable Narrator - 信頼できない語り手
訳者のあとがきにあった言葉に胸を突かれました。
わたしは(たぶん他の人もそうだと思いますが)一人称で書かれている小説は、主人公に自分を重ねて、信じきって読んでいます。主人公と一緒に成長し、笑い、傷つき、悪に立ち向かいます。
この小説は、主人公を信じていた分、ショックの大きいものでした。少しのずれから始まって、どんどん気持ちが悪くなっていく。読み進めるのが嫌になるくらいでした。
実際の生活では、わたしたちは、小説を読む様に全てを俯瞰で見るわけにはいきません。迷路を手探りで進むように自分の主観だけで物事を考えていくしかありません。良かれと思ってした事が裏目に出たり、自分だけが大きな勘違いをしていたり、カラ回りをしている場合も少なくありません。わたし個人のレベルは、もちろんですが、世界的な規模で見ると、その不確かさはものすごいです。真に客観的な、正しい事が分かる人は、この世にはありえません。
小説は、誰かが作った世界なので、読んでいるわたしは、外のものとして、ある程度客観的な目で見る事ができます。始まりがあって、終わりのある世界で、喪失感や無力感などの、ちょっぴり甘い痛みに浸るくらいで充分なのに・・・。
安心して読めない小説です。リアルな痛みにぐさりとやられました。

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