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本さえあれば、日日平安

本さえあれば、日日平安

長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2009/06/19 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


文庫

八朔の雪 - みをつくし料理帖

著者:髙田郁

出版社:角川春樹事務所

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八朔の雪 - みをつくし料理帖

高校生の娘は料理が苦手です。家庭科のテストで、「キュウリを30秒間に50枚、2ミリ以下に切る」というものがありました。彼女は10枚も切れず、先生から“ウソー、前代未聞”と言われショックを受け帰ってきました。もちろん再テストです。母親からの特訓を受けることになりました。
キッチンからは、徐々にヒートアップしていく叱咤激励の声が聞こえてきます。柱の陰から覗くと半泣きで包丁を握っている娘がいます。父親として何と言葉をかけて良いものか分かりません。『ガンバレ~!』と心の中で呟きながら見守るしかありません。まるで星飛雄馬のお姉さんになった気分です。

それにしても若い女の子が健気に頑張る姿は、オジサンやオバサンにとって何故これほどまでにグッとくるのでしょうか。
年齢を重ねると若い頃とは色々と感じ方が変わってくる様です。泣ける話は“ワザとらしくて嫌だ”と遠ざけていたのが、派手な展開が無くても、じんわりと心に沁みて“ウルッ”とくる話を、むしろ求める様に変化しています。主人公が子どもと同じ年頃で薄幸の娘となると、無条件で応援したくなります。

十八歳になる澪は少女の頃、水害によって両親を失っている。天涯孤独の澪を実の娘のように愛しみ、そしてまた厳しく躾けてきたのは、大阪の食通に愛された名料理屋『天満一兆庵』の女将、芳だった。
奉公人として働き始めた澪は、やがて板場に入り、本格的に料理の修業を受けられる程に成長した。しかし、また災難が降りかかる。『天満一兆庵』が隣家からの貰い火で焼失してしまうのである。
再び暖簾を掲げようと大阪から江戸に移り奮闘する澪に試練が待ち受けていた。江戸と大阪の食文化の違いが澪の前に立ちはだかる。食材、調理法、何より味の好みが違う。江戸っ子に受け入れられようと様々な工夫を凝らし、やがて料理番付に載るまでに評判が高まる。やっかみから妨害を受けるが、持ち前の負けん気と旺盛な探究心で澪は決してあきらめない。

健気に頑張る姿以外にも、心を掴まれた理由があります。澪は失敗する度に、絶えず新しいアイデアを思いつきます。料理にも販売方法にも付加価値を付けるという、小売業に携わる者として見習うべきことが数多く描かれています。
そして、澪にとっては働くとは生きることそのものであり、人生の全てです。澪が幸せを感じられる人生とは、夢中になれる料理の仕事に、納得がいくまで打ち込むことができることに違いありません。時代は異なりますが、人が働くということについて、その本質は変わっていないはずです。仕事=私事と言える様になったとき、人生の面白味が増すことを澪が教えてくれます。

本書は時々目を閉じて読んでください。澪の作る料理を思い浮かべながら、澪の生き方を噛み締めるように読んでみてください。味わい深い人生を送るお手本を見つけることが出来ます。
その日の夜に“しょっぱい”キュウリを食べさせてくれた娘にも、きっと味わい深い未来が待っていることでしょう。

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