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本さえあれば、日日平安

本さえあれば、日日平安

長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2010/01/25 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


文庫

ねにもつタイプ

著者:岸本佐知子

出版社:筑摩書房

ねにもつタイプ

中学二年生の男子が数人で話をしている、とする。
誰が言い始めたか、好きな女子の名前を一人ずつ告白することになる。最後に自分の順番がくる。
困った。ちょっとイイ感じの女子の名前は、既に誰かが出している。同じクラスである。今後のこともあるので、友が口にした名前とかぶってはいけないと思いを巡らす。とりあえず頭に浮かんだ名前を告げ、その場をやり過ごす。

彼女とはこれまで話したこともない、クラスの中でも目立たない大人しい女子だ。しかし名前を口にしてしまってから、何故か彼女のことが気になって仕方なくなる。無意識の内に目で追っている。そんな様子を見た友から冷やかされる。頼みもしないのに、彼女についての情報を教えてくれる者まで現れる。英語が得意で動物が好き、よく図書室で図鑑を見ているらしい。
さらに数日後、放課後に何処そこで待っているように、と言われる。もちろん彼女がその場所に来るとのことだ。

何を話したらいいのか分からない。二人ともしばらく黙ったままだ。知り得た情報から話題を考える。確か動物が好きだったはず。
思い切って尋ねてみる。自分を動物に例えたら何?
彼女は答える。

「ゴンズイ・・・かな。」

さらに「ゴンズイ玉の、中のほうにいるやつ」と言う。彼女は説明を続ける。
「ゴンズイ」はドジョウに似た小さな魚で、海の浅い場所に住む。茶に黄色の縞模様で、ヒレに毒があり、刺されると痛い。敵から身を守るために何十匹とかたまって泳ぎ、それが玉のように見えるので「ゴンズイ玉」というらしい。

一瞬、しまったと思う。何か変じゃないか。何で彼女の名前を言ってしまったのだと少し後悔する。一方、彼女は堰を切ったように話し続けている。しばらく話を聞いてみる。意外と面白いと気付く。
幼い頃のどうも納得がいかない想い出、変な食べ物、妙な友人、日常の素朴な疑問、もしかして本当かもと思わせる妄想話。知らず知らずの内に笑いがこみあげてくる。

そこを踏むと地獄に落ちると信じていた幼稚園の色違いのタイル、自分の上に積み重ねられる後から来た仲間に文句を言うトイレットペーパー、勘違いや物忘れを誘う妖精、走っている電車の床下で一斉にせんべいをかじっている人々・・・
そんな彼女の頭の中では『プリティ・ウーマン』の前奏がズン・ズン・ズン・ズン・ズン・ズン・ドコと永遠に鳴り続け、ズンドコ地獄と化している。

この感覚は嫌いではない。実は誰もが感じていることだ。奇妙な妄想に取り憑かれることは誰にでもある。自分だけだったらどうしようと、口にするのが怖いだけだ。
素直で、お茶目で、独特の世界観を持っている彼女に次第に心惹かれていく。今まで知らなかったが、付き合ってみると案外仲良くなれるかも知れない。

そんな不思議な魅力がある女子の様な一冊。

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