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本さえあれば、日日平安

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長迫正敏がおすすめする本です。


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本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2010/02/25 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


文庫

晩年の子供

著者:山田詠美

出版社:講談社

晩年の子供

「読んでみる?」、娘から手渡された本には「高等学校 現代文」と書いてあった。卒業式を数日後に控え、教科書をどうしようかと思案している最中のようだ。
ページをめくると彼女が授業で使った形跡が目に入る。黄色のマーカー、赤ペンの注意書き、お茶目な姿に変装させられた文豪?
楽しく授業を受けられるように工夫を凝らした、ごく普通の教科書だ。

なかでも山田詠美の短篇「ひよこの眼」がおススメらしいので、最初に読むことにした。

中学三年生の亜紀は、季節はずれの転校生・相沢幹生の目を見た時、何故か懐かしい気持ちに包まれる。その感情はどこから来るものか分からず、幹生を見詰めてしまう亜紀。
そんな彼女の様子は、すぐにクラス中の噂となる。学園祭の実行委員を選出することになり、真っ先に亜紀と幹生がクラス代表に推される。

二人連れ立って帰るシーンがいい。“甘酸っぱい”という言葉では言い尽くせない気持ち、これまでに味わったこともない感情が亜紀に湧き上がってくる場面の描写が、とても切ない。
それでも“ほのぼの”とした展開に、教科書に載っている話と安心していると、会話の中に見え隠れする山田詠美ならでは言い回しに、ゾクッとさせられる。

― 彼が、幸せではないのだと思うことは、私の心を傷付けた。私は、その時、既に、好きな男には、呑気な幸せをさずけたいと願う程に大人になっていた。―

読み進めると現れてくる、幼い恋心がハッピーエンドで終わるはずが無いとの予感。彼に“好意を持ち過ぎた”亜紀と、相変わらず“自分の領域を守り続ける”幹生との間にある微妙な距離感が、その不安を増加させる。
幹生の笑顔の裏に隠された現実、そして彼の目に感じた懐かしさの理由に気付いた瞬間、彼女は知ることになる。

― 恐ろしさのあまりに、恋をしてしまったのだ。 ―

今、読んでいるのは教科書だったことを忘れていた。

夏目漱石、森鷗外、島崎藤村、小林秀雄、安部公房、教科書としてあってしかるべき名前に挟まれ、村上春樹、小川洋子、茂木健一郎、高村薫の名前が並んでいる。平成生まれの高校生が使う教科書なら、現在のベストセラー作家の名前があっても驚くことではない。
でも単純に感心してしまった。そしてワクワクした。
教科書は優れたアンソロジーだったのだ。教科書から興味が広がり、新しい出会いもあるのだ。何故今まで気付かなかったのだろう。

娘の手を離れた教科書は、私の机にある。「ひよこの眼」が収録された『晩年の子供』と一緒に。

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