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本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
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本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!
2010/09/21 更新
本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
フィクション
十八歳の旅日記
著者:森岡久元
出版社:澪標
勉強できない、運動できない、笑いがとれないの三重苦。これでは女子にもてるはずはない。このまま浮いた話しの無いまま高校を卒業してしまうのか。悶々としていた。1970年代が終わり、80年代に移ろうとしていた。
あとは不良になるしかない。ツッパリと呼ばれている彼らは、一様にポニーテールの可愛い女子を連れていた。何ともうらやましかった。
でも、ダメだ。何もとりえのない私を、「無遅刻、無欠席は立派です」と褒めてくれた担任を裏切ることはできない。イケてない三重苦をシラけた三無主義のポーズでごまかし、意外と丈夫な身体を恨みながら、ただ真面目に、面白くも無い学校に休まず通っていた。
ある日、奇跡が起こった。放課後に呼び出されて行った廊下の端に同級生の女子がいて、恥ずかしそうに「あの言葉」を伝えてきた。映画やドラマ、流行歌の中でしか聞いたことがない、「あの言葉」を・・・
季節は秋だったけど、頭の中は一瞬で春になった。踊りだしたい気持ちを抑えて、「いいよ。」とだけ答えた。生きてて良かった。心底思った。
自転車を押しながら彼女と一緒に帰った。次の休みには映画に行った。甲斐バンドのLPレコードを買ったばかりでお金が無く、小学生の妹の貯金箱から黙って借りた。何を着て行き、何を話すべきか、「GORO」を読んで臨んだ。
格好をつけたい一心で、友人を真似して煙草を吸おうとしたら、「似合わないことはしないの!」と止めてくれた。数学で赤点(彼女は満点に近かった)だったことも慰めてくれた。
でも、1ヶ月、2ヶ月と過ぎた頃、何かが違うと思い始めた。
彼女は私の言動を何でも知っていた。体育でバレーボールをしていた時、ボールが来ないところへ逃げ回ったこと。美術の時間に「ちょっと絵具を貸してね」と言って来た女子に、「はい、300万円」とオヤジギャグを言ったこと。FMラジオで聴いた佐野元春の口真似で「僕は思うんだ・・・」とクールに決めようとして、「ぼ、ぼ、ぼくは・・・」と裸の大将風になってしまったこと。
なぜ彼女は、私のイケてない言動を好んで話すのか?
「ねぇ、こんなことしたでしょう」、「こんなこと言ったでしょう」、いつも笑顔で話しかけてきた。
監視されているようで嫌だった。彼女が嬉しそうに話せば話すほど、だんだん気分が重くなった。結局、半年も続かなかった。
私は何を勘違いしていたのか。彼女は、話のきっかけを振ってくれただけだ。勉強できない、運動できない、笑いがとれない私から、地味に面白い話題を何とか掘り起こし、会話につなげようとパスを送ってくれていたのだ。
『十八歳の旅日記』は、残念な高校生で恥ずかしい思い出しかないが、それでもやっぱり懐かしく、人生で一番バカで元気だった18歳の頃を思い出させてくれる。
「ストローハットの夏」の良司くん、「ペリット」のノブオくん、「十八歳の旅日記」の頼久太郎くん。あの頃の私に何処か似ている。感情を表に出してはしゃぐのは、何だか格好が悪い。自信がないけど、背伸びがしたい。立ち向かっているつもりが、逃げ出している。
― いままでやれなかったこと、恥ずかしいとか、すこしの勇気がなかったからとか、やってみてしくじるよりやらないほうがいいとか、いろいろな理由や理屈をつけて、やらないこと ~ そんな行為をあえてやってみる。すると、どうなるか。行為をすると、その分だけ世界が動くんだよ ―
格好つけずに、気負わずに、誰かの真似をする必要も無い。ただ、もう少し勇気を出せば、周りの世界が動く。もう少し視線を動かしたら、違った景色が見えてくる。
それは、彼女が教えてくれようとしていたこと、かも知れない。
大学を出て社会人1年目、配達先で彼女に会った。名札の名字は変わっていて、他の女性スタッフとは違う、ゆったりとした制服を着ていた。
「頑張っとるんじゃねー」、高校のときと同じく、笑顔で話しかけてくれた。「お世話になります。」、まだ板に付いていない私の挨拶は、随分ぎこちないものだったと思う。
でもその時に、十八歳の「あの日」の日記を、やっと書き終えた。そんな感じがした。