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本さえあれば、日日平安

本さえあれば、日日平安

長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2010/11/19 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


フィクション

ルリユールおじさん

著者:いせひでこ

出版社:理論社

ルリユールおじさん

「読書週間です。今ではもう珍しくなった紙の本を紹介します。」

多機能な電子端末で本が読めるようになり、この様な前置きが必要になる日が来るかもしれません。でも、技術が進歩して便利になる未来を想像してワクワクする一方で、せつなさや不安も感じます。

ある朝、パリの街でのできごと。本好きな女の子、ソフィーのお気に入りの植物図鑑がバラバラに壊れてしまいました。何度も何度も数え切れないほどページをめくり、傷んでいたのです。
本屋には新しい図鑑がいっぱいあります。でも、どうしてもこの本がいい。この本をなおしたい。彼女は本のお医者さん、ルリユール(製本職人)おじさんと出会います。

― こんなになるまで、よく読んだねえ。ようし、なんとかしてあげよう。 ―

路地裏の工房で、幾つもの工程を経て本が修繕されていきます。機械で大きさを整える、糸でかがる、のりでかためる、本の背中をハンマーでたたいて丸みをつける・・・
ソフィーは興味深く、その様子を見つめています。

ルリユールは、ヨーロッパで印刷技術が発明され、発展した実用的な職業です。手仕事で製本、装幀をおこないますが、パリでも製本の60工程すべてをできる職人は、今はひとけただそうです。

おじさんのお父さんもルリユールでした。ソフィーの本を直しながら、おじさんは父親から教わった言葉を思い出します。

― 本には大事な知識や物語や人生や歴史がいっぱいつまっている。それらをわすれないように、未来にむかって伝えていくのがルリユールの仕事なんだ。 ―

私たちが本を大切にしてきたのは、後世に伝えるという本の役割、本の仕事に敬意を払っていたからです。
電子書籍は紙の本とは比べものにならない程の大量の情報を保管し、伝えてくれます。また、それを読みたいと思った時、紙の本よりも早く、簡単に提示してくれます。その意味では、電子書籍は凄腕の職人です。
紙とは異なる読書の体験が期待できる電子の本。確実に読書の楽しみの選択肢が増えます。

でも、私たちは、得るものがあれば捨てるもの、いつの間にか忘れてしまうものがあることを知っています。

直った本を食い入るように見詰め、小さな胸に抱きしめ、ソフィーはそっとつぶやきます。

― なんでもおしえてくれる わたしの本 わたしだけの本 ~ おじさんのつくってくれた本は、二度とこわれることはなかった。そして私は、植物学の研究者になった。 ―

ソフィーが味わった心震える感動、本が導いてくれた未来。それは、紙の本でしか得られない体験ではないでしょうか。無機質ではない、紙の本が与えてくれる優しくて温かい感動。未来の子どもたちも、そんな経験ができることを願います。
私たちが失ってはいけないもの、失ってはいけない気持ち。それは、紙の本の中にあるはずです。

― 「ルリユール」ということばには、「もう一度つなげる」という意味もあるんだよ。 ―

いせ ひでこ・作「ルリユールおじさん」は、理論社より発行されています。

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