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本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!
2011/03/04 更新
本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
文庫
襖貼りの縊り鬼 浮世の同心 柊夢之介
著者:野火迅
出版社:ポプラ社
現役の書店員である私は、現役の妄想族である。本を読んでいる間、しばし主人公になり物語に入り込む。現実ではありえないが、その時ばかりはヒーローになるのだ。
でも、入り込む主人公にも相性の良い、悪いがある。小心者の私は妄想の中でも遠慮がちで、自分に似合わないワイルドなヒーローにはなれないからだ。
― 卵形の顔は磨いたように艶やかで、伏し目になると睫(まつげ)が目立つ。体もすんなりと細く、着流しに博多帯、三つ紋付の黒羽織に小銀杏の髷という廻り方の風体が、不思議と役者のように小粋に映ってしまう。 ―
舞台は江戸、主人公は若き同心・柊夢之介。どうやら草食系でイケメンの切れ者であるらしい。私にピッタリの役どころなので嬉々として読みすすめる。
夢之介が手がけるのは、江戸・本所深川で立て続けに起こった三件の凶悪な殺人事件。それらは無残にも縊(くび)り殺されていた。
一件目、銀座の両替商大谷屋の隠居、吉兵衛が深川永堀町の妾宅で殺され、萌黄羅紗の冬羽織が盗み取られた。吉兵衛の後ろ頸には、くっきりと細い紐の跡が付いていた。二件目は船宿武蔵屋の女将が殺され、紅毛(おらんだ)の銀の置時計が盗まれた。女将の首の回りには細い輪状の痣が残っていた。
そして三件目、深川一色町の太物問屋森田屋のあるじ市左衛門もまた、細紐による縊殺。盗まれたのは深幽の掛け軸。ただ、先の二件と異なるのは、その一部始終を目にした者がいたこと。それは市左衛門の娘で十六になる、おみつ。
夢之介となった私は、この難事件に挑む。三件の共通点から浮かび上がる犯人像。生まれつき体の中に一匹の鬼が棲んでいるような凶賊なのか。果たして、おみつの見たものは・・・
語りの視点が、犯人のものに変わる。底なしの闇の中で光っている目。物語に入り込んでいる私の視線も、自然に犯人と重なっていく。徐々にその背景、心情が分ってくる。背負ったものは大きくて、重い。
殺人に正義はあるのか、図らずも生きていることの悲哀を甘受しようとする「泣いた赤鬼」を誰が裁けるのか。
やがて、追われる者の行く末を案じている自分に気付く。
著者が描く世界に浸れるのは、主人公と相性がいいと言うことだけでない。答えの出ない「人の不思議があちこちに咲いている」深い物語に魅了され、次第にすべての登場人物に親密さを感じ、見守っていたくなるからだ。
書名にある「縊り鬼」に、おどろおどろしい感じを受けるかも知れないが、江戸言葉が心地よく、サクサクと読める。落語を聴いているような、とぼけた味わいの会話もある。イラストも雰囲気があって楽しめる。
江戸の町と人々の暮らしが目の前に広がり、妄想族の想像力を満喫させてくれる。草食系のヒーローが登場する、新しい時代小説だ。