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本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!
2011/08/08 更新
本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
文庫
モノレールねこ
著者:加納朋子
出版社:文藝春秋
わが家では、それぞれが自分の部屋を持っている。高校生になり少し逞しくなった長男は、門番代わりに玄関横の部屋。二十歳になる長女は、意外と古風なのか唯一の和室を選んだ。日当たり抜群、風通しも良く、収納スペースも一番の角部屋は、当然奥さんが占拠している。
3LDKのわが家。よって私の部屋はもちろん・・・、無い。
理由は簡単だ。「休みの日に席替え」ならぬ「仕事中に部屋決め」だったからだ。私は世帯主だ。ローンを払っているのも私だ。文句が言える立場ではあるが、文句が言える性格ではないので、甘んじて受け入れた。
それでも奥さんは気を遣ってくれ、“ここがお父さんの居場所よ~”と言って、リビングの片隅にパソコンを置く机と椅子をリサイクルショップで調達してくれた。
“安かったから新しいの買っちゃった~”ので、不要になった食器棚を本棚としてプレゼント(それを人は「おさがり」と呼ぶ)してくれた。
そんな風に私には、家庭内でプライバシーが無い。読んでいる本も皆が知っている。私の本は、家族みんなの本だ。机の上に置いた読みかけの本は、いつの間にか誰かが自分の寝床に持っていく。
返してもらう為、順繰り各部屋をめぐる。気が向いたら感想を聞かせてくれる。それぞれ好みが違うので、評価は良かったり悪かったり。ただごく稀に、全員一致の深イイ話に選ばれる物語がある。
『モノレールねこ』に収録された「バルタン最期の日」も、その一つだ。
うっかり捕獲されてしまったザリガニの「俺」は、ごく平凡な一家の一員となり、バルタンと命名される。その一家(父親と母親と一人息子のフータ)のそれぞれが、さまざまな“しがらみ”から悩みを抱えている。一家はそれぞれ、その思いを密かにバルタンにだけ打ち明ける。
なんで俺に、「まったく、人間ってやつは、なあ・・・」、三人が三人とも不器用ながらもお互いを思いやっているその姿に、バルタンは次第に情を移していく。
― 俺たちザリガニは、たとえ命よりも大切なこの両のハサミを失ったとしても、見事再生させることができる、脱皮することによって。人間もそうだといいのに、と思う。傷ついた心とか、無くしかけた自信とか。そういうものが、魔法みたいに、簡単に癒えてしまえばいいのに。 ―
題名から想像できるが、結末には誰もが涙する。涙してもいいんだと、バルタンが教えてくれる。
私たち一家もバルタンに癒される。普段おしゃべりな家族(私以外は)も、読後には多くを語らない。そして、同じ本をまわし読むことで、一つ屋根の下で暮らし「繋がっているんだ」と感じられるのが、なにより嬉しい。
たとえ自分の部屋が無くても。