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本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!
2012/08/06 更新
本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
コミック
遥かな町へ
著者:谷口ジロー
出版社:小学館
娘が自分専用のノートパソコンを購入した。当然のようにインターネットを使えるようにしたいと言ってきた。私のパソコンは有線でネットに繋いでいるので、無線でも使えるように設定を変えることにした。
早速必要な機器を購入。もちろん父親の威厳を示す為、「お父さんがやるから終わるまで誰も邪魔するなよ!」と宣言した。
説明書を読み挑戦するが上手く接続できない。その様子を横で見ていた高校生の息子が、じれったそうにつぶやく。「何だったら代わろうか?」
少し上から目線の言い方にムカついたが、頼むことにした。今度は私が横で見守ることになる。夢中になっている息子の姿に、ふと同じような光景を昔見たことがあったと思い出す。いや見たのではない。それは私自身の姿だった。そこに居たのは中学生の私と父だ。
その時に目の前にあったのは、もちろんパソコンではない。応接間にやって来た、届いたばかりのステレオだ。レコードプレーヤー、アンプ、チューナー、カセットデッキ、スピーカーと別れているコンポーネントステレオというものだ。
当時FM放送をカセットテープに録音する「エアチェック」が流行っていた。地元のHFM(広島エフエム放送)が開局するのはまだ数年後のことで、NHK-FMしか聴けなかった。それでも学校から帰ると番組表と放送予定の曲目が載っているFM情報誌(週刊FMが定期だった)を片手に、ベストな録音のタイミングを息ひそめて狙っているある種のオタクだった。
そのステレオのセッティングに関して、今の私と息子とのやり取りと同じ様なことがあった。
今頃になって当時の父親の気持ちが分かる。新しいもの、流行りのものは息子のほうが詳しい。それに自分でやってみたいという息子の気持ちを大切にしなければならない。黙って見守るのも親の務めだと自分に言い聞かせたが、何とも言えない悔しさや寂しさが付き纏う。
あの時の父もこんな気持ちだったのか・・・
48歳のサラリーマンの「私」は、出張の帰路、二日酔いのもうろうとした気分のまま、何者かに操られるかの様に、故郷・倉吉へ向かう列車に乗った。菩提寺の母の墓前で「私」は、突然、激しい目まいに襲われる。気がつくと「私」は、記憶にある34年前の故郷に、中学生の姿で立っていた。
不思議な出来事を上手く理解できないまま家に帰ると父と母、妹も祖母もいた。食卓を囲み一年半後に迫った東京オリンピックの開催や東海道新幹線の話に花が咲く、家族だんらんの和やかな風景が目の前にあった。
戸惑いながらも中学二年の新学期を迎える。当時苦痛に感じた勉強は何も問題がなかった。体育では柔軟で軽い自分の体に感動した。憧れの女子とも気軽に話ができることに驚いた。親友との悪ふざけも楽しい。信じられないが、もう一度14歳の時を生きられる幸せを感じていた。
だが、私の記憶している過去の出来事はここでは未来の出来事なのだと気付き、大変な事実を思い出す。中学二年の夏休みが終わる2日前、突然父が失踪するのだ。
その後の母の苦労を知っている私は父を止めるべきなのか、でもそれは未来を変えることになるのか。思い悩む内にその日を迎える。
なぜ父は、この幸せな家庭から逃げ出さなければならなかったのか。48歳のまま中学生に戻った私はその日、父の本当の気持ちを知ることになる。そして48歳である「今の自分」の気持ちとも、素直に向き合えるようになる。
ひと夏のタイムスリップ。多くのものを得て、多くのものを失った大人だからこそ味わえるファンタジー。