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本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!
2016/02/24 更新
本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
フィクション
踊り子と将棋指し
著者:坂上琴
出版社:講談社
ストライクゾーンは広くとってある。娘より年上で妻より年下の女子ならばOKだ。何についてなのかは説明しにくいが、とにかくその範囲内なら大丈夫だ。
目の前にいる女子はその範囲内だ。さらにポニーテイルにメガネ。どストライクだ。制服姿も良いが私服はもっと良い、なんて見惚れている場合ではなかった。普段とびっきりの笑顔で接客している彼女が、涙目で話し始める。こんな時はアクティブリスニング、相手の話を「傾聴する姿勢」が大切だ。
コーヒーカップに添えられた彼女の指には絆創膏。この仕事だとよくあることだ。話を聞きながら視線を向けると、恥ずかしそうに手を引っ込めた。何でもない仕草が、いじらしくて可愛い。なんだか久しぶりだ、こんな気持ち。
浮ついた気分を落ち着かせるためにコーヒーを口にするが、頭の中は「コーヒー・ルンバ」の歌詞状態だ。
昔アラブの偉いお坊さんが 恋を忘れたあわれな男に
しびれるような香りいっぱいの こはく色した飲みものを教えてあげました
やがて心うきうき とっても不思議なこのムード
たちまち男は 若い娘に恋をした
想像してみる。帰宅して彼女に笑顔で出迎えられたら、どんなに幸せな気分がするだろう。まさに「心うきうき」ではあるまいか。子どもたちに「新しいお母さんだよ!」と紹介したら、どんな反応をするだろうか。娘は眉をしかめるが、息子はガッツポーズ。好きな女子のタイプが一緒だから。
話し半分でそんな良からぬことを妄想していたら、「ごちそうさまでした。」といつもの笑顔で彼女は帰っていった。一通り話をしてスッキリしたのだろう。それで終わりだ。残念ではあるが、もちろんこれで良いのだ。
決して人には言えない良からぬ妄想が、何も変哲もない日常に彩を添え、明日への活力になっている。いやむしろ、それがあるからこそ頑張れるのだ。
『踊り子と将棋指し』 坂上 琴・著 講談社・刊
ある朝、横須賀の公園で目覚めた男は、呑み過ぎたせいか自分の名前すら思い出せない。聖良という女性が現れ、男は「三ちゃん」と呼ばれる。三ちゃんがどうやらアルコール依存症らしいとわかり、聖良の部屋に住まわせてもらうことに。聖良の本名は依子(よりこ)で、現役のストリッパー。しばらくして依子に大阪での仕事が入り、三ちゃんも同行。無難にマネージャー役をこなしていたが、大金が動く将棋の真剣勝負に巻き込まれてしまい・・・
初めてこんな気持ちになった。大人で良かった。男で良かった。おじさんになっていて良かった。この本を読んで一番に感じたことだ。いや、マジ面白い。引き込まれる。冒頭のペリー公園から、横須賀・久里浜駅前の商店街、大阪天満のストリップ劇場、十三の老舗のSMバー、白浜の温泉、そして分厚い将棋盤と木箱に入った駒。実際には行ったことがあったり無かったり、見たことがあったり無かったりするが、本当に目の前に現れ、まるでロード・ムービーを観ているようだった。
アルコールが入った時の場面は、いたたまれなくなる。でも最後にはきっと良い方に向かうはずと希望が感じられる。それはいい意味で力が抜けた淡々とした描写とくすっと笑ってしまうエピソードが、ちりばめられているからだ。対局や劇場の場面は、自分にとっては非日常で別世界ではあるが、なぜか爽やかで清々しい気分を味わえた。不思議な大人のムードを持った物語だ。
小説とは凄いものだと改めて感じられる1冊だった。
ストライクゾーンを広くとっていると色んなタイプの小説が楽しめる。明日も頑張ろうと感じられる、面白い本に出合えるチャンスが増えるのだ。