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本さえあれば、日日平安

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長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2018/05/25 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


文庫

未来のだるまちゃんへ

著者:かこさとし

出版社:文藝春秋

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未来のだるまちゃんへ

こんな私にも若い頃はありました。ピチピチの20代、結婚どころか彼女もいない実家暮らしだった時のことです。
当時80代だったお爺さんが電話で話をしていました。何かの寄り合いの誘いを断っているようでした。足の痛みで歩きづらく出席できないと申し訳なさそうに説明していましたが、急に『ほうじゃ、代わりに、うちの若いもんを行かせるけー』と、孫である私の方を振り返りながら言いました。
休みだからと家に居たのがマズかった、映画でも観に行くんだったと後悔しました。

社会人になって自分の車を持つようになると、お爺さんから『ユーホーに乗せて行ってくれー』とか頼まれることが何度かありました。(全国各地のコラム読者の皆さんへ:ユーホーとは地域で有名なホームセンターです。)
その為、暇を持て余している私に、その役目が振られるのだと感じ『イヤじゃなー、僕が行っても意味ないじゃろー』と思っていましたが、お爺さんが声をかけたのは私ではなく、父でした。50代だった父は、「うちの若いもん」として寄り合いに出かけて行ったのでした。

お爺さんからすると父は、まだ若くて元気な息子でした。そして、まだまだ未来のある「だるまちゃん」だったのでしょう。

『未来のだるまちゃんへ』 かこさとし 文春文庫
5月2日、92歳でお亡くなりになった絵本作家、かこさとしさんの自叙伝。

かこさんの代表作の一つで超ロングセラーの絵本『だるまちゃんとてんぐちゃん』では、主役のだるまちゃんはかこさんが出会ってきた沢山のこどもたちがモデルですが、実はこの作品の陰の主役がだるまちゃんのお父さん、だるまどんです。
だるまどんは、てんぐちゃんの持ちものを何でも欲しがるだるまちゃんのために、家じゅうを引っ掻き回してうちわだの帽子だの探すのですが、だるまちゃんの要求を満足させることができません。ものすごくこわい顔なのに、ベタベタに息子に甘く、どこかとんでもなくズレている。
この子煩悩なだるまどんのモデルは、かこさんのお父さんだそうです。

かこさんは大正15(1926)年、福井県の武生(現・越前市)の生まれ。お兄さんとお姉さんがいる末っ子で、自然の中で「トンボを追い、魚を追いかけた幼少期」を送られたそうです。
決して裕福とはいえない家庭でしたが、だるまどんそっくりな子煩悩なお父さんは、さとし少年がお祭りの屋台で売られているおもちゃを「これくらいなら自分でつくれそうだ」と見ていると、「これ欲しいのか」、「遠慮するな」と無理して買い与えて「どうだ、嬉しいか」とニコニコしている、そんなお父さんだったそうです。買うつもりがなかった玩具を握って、泣きたいような、怒りたいような、言うに言われぬ気持ちだったそうです。

『未来のだるまちゃんへ』には、幼少期から絵が好きになったきっかけや軍人になりたかった少年の頃の話、東京大学工学部を卒業されて社会人になり、市民ボランティア活動で子どもたちと紙芝居などで触れ合いながら、サラリーマンと絵本作家の2足のわらじを履いていた時の話など様々なエピソードが語られています。
かこさんの原点に触れ、改めて描かれた世界を感じてみて下さい。『子どもたちには、生きることを、うんと喜んでいてほしい。』という、かこさんの願いが聞こえてきます。

今、当時の父の年齢になった私は、お爺さんの年齢になった父を、車で病院に送り迎えしています。実際には、父はまだまだ自分で運転ができます。と言うか私より格段に上手いです。『こんな所、行けましぇーん!』と尻込みする私を横目に、狭い農道でも難なく軽トラを操ります。
それでも父は、これからのことを考えて運転はしないと宣言し、免許証を返納しました。立派な決断だと思います。

父からすれば、まだ私も「うちの若いもん」です。今をどう生きるかで、未来は変えていけます。そう思えるのも、この父が居てくれるからこそです。

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