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本さえあれば、日日平安

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長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2018/06/23 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


文庫

時雨のあと

著者:藤沢周平

出版社:新潮社

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時雨のあと

私には2歳上の兄と6歳下の妹がいる。妹といっても、今では立派なオバサンだ。それでもウン十年前は、「まるくって、ちっちゃくて、さんかく」な某お菓子のように、いちごの香りのする可愛い女の子だった。

小学生の時、畑仕事に向かう母親から妹の子守を頼まれると、兄と争うように面倒を見た。しかし兄と私も、まだまだ幼い「がきんちょ」だ。そのうち妹のことなどすっかり忘れて、自分たちの遊びに夢中になった。
兄たちに放置された妹は一人でトコトコと表に出て行き、家の前の農業用水路に落ち、せっかく生えてきた前歯を折った。今にして思えば、もっと大変なことになっていたらとゾッとする。

妹にとっては兄が2人いるので、それぞれを呼び分けていた。長兄は大きい兄ちゃん。次兄である私は、小さいという意味の「こまい」兄ちゃんだ。
私が中学生から高校生の頃に小学生だった妹は、尊敬の眼差しでこまい兄ちゃんを見てくれていた。深夜隣の部屋から漏れてくる灯りに、「こまい兄ちゃんは、いつも遅くまで勉強しとる。えらいな~」と思っていたからだ。
もちろんそんな事実はなく、ヘッドフォンで聴いていたのはラジオ講座ではなく「オールナイトニッポン」だったし、勉強そっちのけで読み耽っていたのは「本陣殺人事件」、「八つ墓村」、「獄門島」など、当時TVドラマや映画化されて流行っていた横溝正史作品だった。

勘違いではあったが、勤勉風な兄の姿は思いがけず妹には良い影響を与えた。やがて中学、高校と成長していった妹は、こまい兄ちゃんを真似て真面目に努力した。結果2人の兄たちよりも随分と成績優秀だった。得てして兄弟、姉妹とはそうしたものだ。スポーツ選手で、弟や妹の方が大成している例はいくらでもある。
と言っても、私も兄がいる弟なのだが、どんなことも例外はありますので・・・

本当は残念な兄だったとしても、私が存在していること自体に価値があるのだと考えれば、まんざらでもない。

『時雨のあと』 藤沢周平・著 新潮文庫
身体を悪くして以来、すさんだ日々を過ごす鳶の安蔵。妹みゆきは、兄の立ち直りを心の支えに苦界に身を沈めた。客の合間に小銭をつかみ兄に会うみゆき。ふたりの背に、冷たい時雨が降りそそぐ・・・。表題作のほか、「雪明り」、「闇の顔」、「意気地なし」、「鱗雲」等、不遇な町人や下級武士を主人公に、江戸の市井に咲く小哀話を、繊麗に人情味豊かに描く傑作短編全7話。

妹をだしにして存在意義を見出している自分を、人として「こまい」奴だと思わないこともない。だが、そんな小さな人間であることを許してもらえる。藤沢周平の時代小説が、やっぱり好きだ。
梅雨である今の季節に読むことを、永遠の「こまい兄ちゃん」はお勧めしたい。

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