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本さえあれば、日日平安

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長迫正敏がおすすめする本です。


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本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2018/12/05 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


文庫

娘の結婚

著者:小路幸也

出版社:祥伝社

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娘の結婚

スピーチのことばかり考えていて、肝心なことを忘れていた。私には、その前に行わなければならない、もっと大事な役目があった。娘と腕を組んで歩き、向こうで待っている新郎に娘を渡すという大役が。
 
結婚式前夜、台北の桃園国際空港から高速バスに2時間乗って夜10時頃、やっと着いたと思ったら待ち構えていた娘から、「お父さん練習するから一緒に来て、早く!」と急かされ会場に向かった。
歩き方や歩く速さを何度か確認してから、一度通しでやってみることになった。視線を上げるとその先には、これから私の息子となる台湾男子がいる。彼は娘と結婚するのがよほど嬉しいようで、なんともニヤケた顔をしている。「なんだ、その締まりのない顔は!」、心の中がざわつき、私の悪い癖である妄想が始まった。
本番では彼が娘の手を取る前に、花嫁姿の娘を連れて逃げてやろうか、映画「卒業」のダスティン・ホフマンのように。
 
最近走ってないのですぐ息切れしそうだ。それに、ここは台湾の台中、逃げようにも土地勘ないし…、諦めて娘を彼に渡すしかない。

結婚式当日、緊張しながらも娘と歩き、彼に託した。何とか一番目のハードルはクリアできた。会場を移しての披露宴。日本から来てくれた娘の友達、台湾はもちろん香港からも来てくれた新郎の友達、彼らの歌やメッセージ映像が披露された。
そして新郎の父親の挨拶。驚いたことに最初は日本語だ。私たち夫婦に向け、この結婚を許してくれたことに対する感謝の言葉だ。もちろん、たどたどしい日本語だったが、一生懸命に練習されたことが感じられた。そして新郎新婦に贈る言葉。漢詩を引用して二人の門出を祝い、これからの困難も二人で乗り越えて欲しいと誠実な言葉があふれていた。

最後が私の挨拶だ。わざわざ日本から来てくれたからと最後の最後に組まれている。「また、いらんことをして…」と、聞こえても分からないだろうと備後弁で悪態をつく。
私が用意してきた原稿は、このコラムでこれまで書いてきた娘の失敗談だ。おちゃらけた内容で、台湾のお父さんに比べて雲泥の差がある。日本の品位を貶めることにならないか。
「やばっ、どーしょー」と息子を見る。「今さら、しかたないじゃろー」と息子は冷たい。ドキドキしながら、意を決して前に出る。もう開き直るしかない。原稿にはないアドリブを入れてみた。「新婦の父です。」と自己紹介をした後で、「娘がこんなに可愛いのは私に似ているから、新郎は私に感謝して下さいね」、と言ってみた。
ウケた。予想外の笑いがとれた。

その後は原稿を読んだ。昔好きだったマンガから付けた娘の名前の由来から、コラムに書いてきた娘の幼い頃の様子や失敗談だ。予め原稿を司会の人に渡していたので、私の後から適時中国語に通訳してくれた。なので、まず日本人と日本語がわかる人が笑い、その後で台湾の人が笑ってくれた。
「笑いの二毛作や~」、心の中でほくそ笑む。

もちろん落としどころは、準備のため1か月前から台湾に来ていた私の奥さんのことだ。娘以上に個性的で突飛な行動をする奥さんだ。台湾の方々にご迷惑をお掛けしたことをお詫びし、「私が責任をもって日本に連れて帰ります。」と締めた。
大爆笑だった。

台湾のお父さんから、「日本のお父さんは大人しいと思っていたのに、すごく面白かった。」と好評で安心した。
「親父の一番長い日」は、これで終わるはずだったのだが・・・

『娘の結婚』 小路幸也 祥伝社文庫
「会ってほしい人がいるの」男手ひとつで育てた娘の実希が結婚相手を紹介したいという。相手は昔住んでいたマンションの隣人、古市家の真だった。彼との結婚を祝福したい父・孝彦だったが、真の母と亡き妻の間には何か確執があったようなのだ。悩む孝彦の前に、学生時代の恋人・綾乃が現れ、力を貸してくれるというが・・・。
父が娘を想う気持ちが心を打つ傑作家族小説。

本当の最後は、娘からの手紙だった。誰も知らない、本当のサプライズだった。
娘が手紙を読み始める。「お父さん、お母さん・・」、涙で言葉につまる。
その手紙の内容は私の宝物だから、もちろん教えません。

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