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本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!
2020/02/19 更新
本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
文庫
清兵衛と瓢箪 小僧の神様
著者:志賀直哉
出版社:集英社
本を手にしている人に出会わない。通勤電車内のことだ。乗客のみなさんは、スマホ、iPadなどの端末を操作している。書店員としては、とても切ない現実。
なので、たまに本を読んでいる人を見かけると嬉しくなる。先日、尾道駅から乗車された40代ぐらいの男性が文庫を読み始めた。文庫だと分かるのは本の大きさもだが、「啓文社 SINCE 1931」とある当社オリジナルの文庫カバー(レジでは1番と呼ばれている黄緑)だったからだ。
私は感謝の気持ちを込め、「ありがとうございます。」とお辞儀した。歌い終わった演歌歌手のように、声には出さず口だけ動かして…
でも何を読まれているのか、気になる。私がその時に読んでいたのは時代小説で、その人と同じ1番のカバーをかけていた。ちなみに、その作品は次か、その次のコラムに書くつもりなので、ここでは詳しく述べません。
同じ1番の文庫カバーをしているその人も、時代小説を読んでいるのだろうか?
ただレジでの経験から言えば、時代小説の場合は、波柄の色目も渋い2番のカバーを選ばれることが多い(個人の感想です)。
文庫カバーは1番から4番まである。3番のチェック柄も若い方からご年配の方まで幅広く人気がある。落ち着いた色合いで本のイラストが配置してある4番も好評だ。
やはり文庫カバーからは判断できない。年恰好から考えればミステリーかビジネス小説か?でも恋愛小説、ライトノベルだってあり得る。それに小説とは限らない、エッセイかも知れない。ただ時代小説好きな私としては、そうであってほしいと願っているだけだ。
なので「たぶん時代小説じゃな」、「いや時代小説じゃないかも」と自問自答が続いている頭の中は、ミルクボーイの漫才「コーンフレーク」のネタ状態となってくる。
自宅に帰り、尾道駅から乗車されたことを考えていたら、ふと1冊の本が思い浮かび、本棚から手に取った。
集英社文庫の志賀直哉・著「清兵衛と瓢箪・小僧の神様」。
日本文学史上最高の短編の一つともいわれている「小僧の神様」。この作品で志賀直哉は、「小説の神様」と呼ばれるようになった。そして、もうひとつの表題作「清兵衛と瓢箪」は、清兵衛という瓢箪(ひょうたん)をこよなく愛する少年と、その思いを理解しようとしない大人の物語だ。
志賀直哉が尾道にいた頃(明治四十五年)に、船の中で聞いた話がもとになっている。
「子供じゃけえ、瓢いうたら、こういうんでなかにゃあ気に入らんもんと見えるけのう」など、尾道言葉での会話は、私たちにとって親しみやすい。「なんじゃ、わかりもせんくせして、黙っとれ!」、子どもというだけで見下してくる大人の態度には切なくなるが、実のところ彼らの言うことは意に介さず、自分が熱中できるものに向かっていく清兵衛。
100年前の尾道キッズは、たくましい。
巻末にある原田宗典の「鑑賞 - ぼくの得意技」が面白い。志賀直哉の代表的短編集に載っているとは思えない文章だ。いい具合に「おちゃらけて」いる。それでいて「志賀直哉」愛がしっかり伝わる。
短編を丸々書き写すことで「志賀直哉の文章に素手で触れるような喜びを覚えた」というエピソードは、リアルで頷ける。これは巻末ではなく、巻頭に配置した方がよかったのではないか、とさえ思う。こちらから読んで頂きたいぐらいだ。実際に私は、この文庫を手にして一番最初に読んだ。
「家に帰るまでが遠足」と言われるが、文庫本は「解説までが作品」なのだ。