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本さえあれば、日日平安

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長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2020/03/29 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


文庫

九十三歳の関ヶ原 弓大将大島光義

著者:近衛龍春

出版社:新潮社

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九十三歳の関ヶ原 弓大将大島光義

折りたたみ傘を鞄の中に常備している。急な雨の時、とても重宝している。でも、傘をさした後に電車に乗ると置き場所に困る。すぐ鞄にしまい込むわけにはいかない。足下の床や座席脇の多少濡れても構わない所に置くことにしている。

文庫本を読んでいた。ふと顔を上げると福山駅に着いていた。扉が開き、乗り込んだ人が空席を探しているところだった。慌てて文庫を鞄に入れ、乗車客をかき分けてホームに出た。
「セーフ!乗り越すとこじゃった、危っなー」、ホッとしてゆっくりと階段に向かっていた。
「傘!傘!傘をお忘れですよ!」、背中越しに女性の声が聞こえた。

驚きだ。今の世の中、こんな人がいるとは。オジサンが電車内に置き忘れた傘。それも少々くたびれた傘だ。例え誰が忘れたかが分かったとして、そのまま放置されてもおかしくない。
そんな傘を着席したばかりの電車を降り、発車するかもしれない危険も顧みず、わざわざ走って追いかけ届けてくれる女性がいるなんて。神対応とはこのことだ。

ロンバケの頃の山口智子さんにそっくりな女性だった。自分がキムタクにも唐沢寿明にも似ていないことを、この時ほど悔やんだことはない。

私はちゃんとお礼を言えたのだろうか?後になって考えた。一瞬の出来事だったので、それも覚えていない。さわやかな笑顔を残し、また走って電車に戻っていった女性。私は、ただただ彼女に見惚れていた。
アラ還男の妄想が始まる。たとえキムタクにも唐沢氏にも似ていなくても、自分がもし、あと10歳、いや20歳、いやいや30歳若かったとしたら、連絡先を聞いたのに…

その時に読んでいた本書を思い出して考え直した。もっと若かったなら、などと思う私は愚かだ。人間いくつになっても、何事においても、今が、そしてこれからが大切なのだ。本書の主人公・大島光義なら、こう叱り飛ばすに違いない。
まだ何者にもなっていないではないか、小童(こわっぱ)が!

「九十三歳の関ケ原 弓大将大島光義」 近衛龍春 新潮文庫

信長、秀吉、家康から弓の名人と認められた実在の老将大島光義。鉄砲より優れた連射技と一射必殺の狙撃の凄腕で名を上げ、八十四歳の時、八坂の五重の塔の最上階天井に十本の矢を射込んでみせた。九十三歳で関ケ原に参陣、生涯現役を貫いた剛直無双の士だったが、激動の時代に大島家を守り抜いた臨機応変の人でもあった。史書に「百発百中」と記され、九十七歳で没した傑物を描く力作歴史小説。

驚きだ。戦国の世に、こんな人物が実在していたなんて。「人生わずか五十年」といわれていた時代だ。
三十四歳の信長に仕えた時、既に還暦を迎えていた大島光義。それも奉行という管理職ではなく、一人の弓衆として最前線で戦うための仕官だ。

「光義は一つずつ動作を確認するように矢を射る。基本の手順を常に新鮮な心で行う。それが歴戦を生き抜いてきた光義の哲学であった。」

名人と呼ばれるようになっても自分に驕らず、常に努力を怠らない。それだけでも凄いのに、戦いの合間には新たな試みとして鑓(やり)の修行を始める。戦場で万が一にも弓を失った時のためだ。もちろん自分から出向いて教えを乞う。還暦過ぎの弓で名を馳せた武士が、新人として打ち負かされに行くのだ。とても真似できるものではない。そして体力の衰えを感じた時、自分自身と弓に、さらなる工夫を凝らす。

正直にいえば、私はこの本も電車に忘れた。別の日だが、糸崎駅で乗り換えて、また続きを読もうとした時に鞄に入っていないことに気づいた。傘は忘れてなかったが、今度は本を座席に置き忘れたのだ。とんだ「忘れん坊将軍」だ。

だから二冊目を買った。最後まで読み切っていなかったからだ。今度は無事読了。そして、もったいないので再読しているところだ。二回目も面白い。二日目のカレーのように、更に味わい深く感じる。

そこで考えた。本書を第二回『もし「ポツンと一軒家」に持っていくならこの一冊!』の大賞(第一回は「雷桜」2019年8月6日)に決めた。
「そんなものは、いらん!まだ修行中じゃ」、と光義なら言うだろうが…

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