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本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!
2020/05/20 更新
本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
文庫
NHK国際放送が選んだ日本の名作
著者:朝井リョウ石田衣良小川洋子角田光代坂木司重松清東直子宮下奈都
出版社:双葉社
朝、玄関を出る。エレベーターに向かう前、ちょっと左を向く。天満屋ハピータウンの赤い塔屋看板が見える。1階には啓文社ポートプラザ店がある。半年前まで勤めていた店だ。家から一番近いので、今も休みの日によく行っている。とりあえず挨拶しとこか…と思い「行ってきます。」と赤い看板に向けてつぶやく。
通勤はJR。今は福山城口と呼ばれている北口から構内に入る。その前に、目の前にある福山城に向いて「行ってまいります。」と少し丁寧に挨拶する。なにせ備後の国から安芸の国に行くのだ。城主への挨拶は欠かせない。
福山城は桜の名所。満開の時期には、毎朝見上げては楽しませていただいた。今はバラの季節。駅構内にもバラの鉢が数多く置いてある。優雅で品格さえ感じる。つい見とれてしまう。そして福山駅の電車到着を知らせるメロディは「百万本のバラ」だ。そう、「ばらのまち福山」なのだ。
残念ながら今年の「ばら祭」で予定されていた行事は中止となったが、「バラざんまい」の毎日なのだ。
福山駅を出ると次は備後赤坂駅、その次が松永駅。松永駅を出てしばらくして右手に見えてくるのが啓文社コア福山西店だ。2017年11月にリニュアルオープンした郊外店だ。郊外店なので看板にはしっかりと「本」、そして「啓文社」と表記してある。ここでも「行ってきます。」と挨拶をする。
次の東尾道駅を出て、尾道大橋を過ぎたところでカーブする。そこから見える尾道の町並みと尾道水道の景色をしばし堪能する。あの人も見た風景だ。
「海が見えた。海が見える。五年振りに見る尾道の海はなつかしい。」、林芙美子『放浪記』
尾道駅を出ても、視線はそのまま左をキープしておく。啓文社新浜店が見えるからだ。随分前だが、新浜店にも勤務していた。この店は線路に近いので、うかうかしていると通り過ぎる。ここでは「行ってきます。」と言いながら動体視力を鍛えている。
糸崎駅で乗換え、次は三原駅。左手に見えるのがイオンの看板。この2階にあるのが啓文社イオン三原店。もちろん、ここでも「行ってきます。」を忘れてはいけない。
私は三原店にも勤務していた。確か新浜店勤務よりも前だった。ただその頃はイオン内ではなく、三原駅から港に向かうマリンロードという商店街にあった。
「啓文社に入社し、最初に配属されたのは広島県三原市にある三原店で、売場面積六十坪の書店だった。」
児玉憲宗・著『尾道坂道書店事件簿』
児玉さんが新人の時に過ごした店でもある。勤務時期は違え、児玉さんと同じ店に勤めていたことが嬉しい。
三原駅の後は、本郷、河内、入野、白市、西高屋の各駅に停車しながら西条駅に向かう。この間はしばらく店がないので読書に集中する。
最近読んだのは、双葉文庫『NHK国際放送が選んだ日本の名作』という短編集だ。ポートプラザ店の入口すぐの目立つ場所にあった。「全世界で聴かれているNHK WORLD JAPANのラジオ番組で、17の言語に翻訳して朗読された作品のなかから、人気作家8名の短編を収録。」とある。面白そうなので購入した。
なかでも「マッサージ」と「日記」という作品が良かった。死んでしまった後、あるモノに「とりつき」大切な人を見守る、ちょっと不思議な話。著者はどちらも東直子。その他の作品も読みたくなり、この2作品が収録してある短編集、ちくま文庫『とりつくしま』を購入した。どれも切なく哀しいけど優しい気持ちになれる素敵な作品だった。
後日、この『NHK国際放送が選んだ日本の名作』の第2弾『1日10分のごほうび』が出版されているのを知った。これも読まねばと、またまた購入した。その中では中島京子『妻が椎茸だったころ』が良かった。
定年退職した2日後に妻を亡くした男性が、生前妻が申し込んでいた料理教室に行くことになる。椎茸を甘辛く煮て持参しなければならないらしい。料理はしたことがない。「行くもんか」、「準備なんかするか」と思いながらも、干し椎茸と格闘する姿がおかしくもあり、愛おしくもある。
笑いとペーソスがあり、甘辛い短編だ。この作品は私の妻にも「読んでみたら、面白いよ。」とすすめた。
この作品が収録されているのはと調べると、作品名がそのままタイトルになっている講談社文庫『妻が椎茸だったころ』と分かった。ポートプラザ店に在庫があると知り、これまた購入した。明日電車内で読むことにした。楽しみだ。
線路は続くよどこまでも…、こうして読書も続いていくのだ。
「次は西条」とアナウンスが聞こえてくる頃、ゆめタウンの塔屋看板が見えてくる。ゆめタウン東広島、いま勤めている啓文社西条店がある。ここは「行ってきます。」ではない。「もうすぐ着きます。」だ。
西条店はしばらく休業していた。営業時間は短縮されているが、再開することができた。まだまだ大変な状況にある方も多く、手放しで喜んではいけないのかも知れない。でもこうして本が読め、書店で働けることを、いまは素直に喜びたい。