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本さえあれば、日日平安

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長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2020/10/03 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


文庫

この世にたやすい仕事はない

著者:津村記久子

出版社:新潮社

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この世にたやすい仕事はない

仕事がデキる女子は違う。おじさんの意見を聞き入れてくれる。コミック売場をこう変えたいと思いを伝えると、「あっ、それいいですね!」と肯定してくれるのだ。本当はコミックのことをよく知らない素人考えかも知れない。それでも「いいです!いいです!それアリですよ。変えましょう!」と賛同してくれる。それも笑顔で。

実際は、現場でコミックの棚移動(と言っても動かすのは棚自体ではなく棚に並べる商品)させながら、「こっちの方がもっと繋がりがいいかも…」と彼女に調整されて違う並びになる。それでも最初に「いいですね!」と言ってくれているので、たとえ結果が違っていても悪い気はしない。もちろんストレスも感じない。

おじさんは上手く乗せられているのだ。彼女の手のひらで転がされているだけだ。でも全然嫌じゃない。いや、むしろ転がりたい。
「おじさん、いくらでも転がっちゃうよ!」という気分にさせてくれる。やはり仕事がデキる女子は違う。

それに「転がるおじさんに苔はつかない」と言うではないか。ボブ・ディランの「ライク・ア・ローリングストーン」は確かそんな歌だ。おじさんになるにつれて心身共に丸くなるのは、女子に上手く転がしてもらうための自然の摂理なのだ。

ネットで調べると、本当は全く違う内容の歌詞でした。すみません…

でも、デキる女子は、上手くおじさんを転がすのは本当だと感じる、今日この頃。

「この世にたやすい仕事はない」
津村記久子 新潮文庫

「一日コラーゲンの抽出を見守るような仕事はありますかね?」ストレスに耐えかね前職を去った私のふざけた質問に、職安の相談員は、ありますとメガネをキラリと光らせる。隠しカメラを使った小説家の監視、巡回バスのニッチなアナウンス原稿づくり、そして…。
社会という宇宙で心震わすマニアックな仕事を巡りつつ自分の居場所を探す、共感と感動のお仕事小説。芸術選奨新人賞受賞。

デキる女子は、デキるがうえに大変な状況になることがある。のめり込み過ぎて、仕事と愛憎関係に陥るのだ。

仕事のことを突き放して考えられない。いい加減に接することも出来ない。好きだからこそ“熱心に働きかけて”しまう。期待して、裏切られ、時々ちょっぴり嫌になって、でも離れられない。大好きな仕事に就いていることが、実はストレスの最大の原因になっている。好きだから頑張る。それが自分自身を追い込んでいく。

第4話「路地を訪ねるしごと」の中にこんな会話が出てくる。主人公の私(36歳・女性)が訪問している最中に男性から「あんた誰よ?」と声を掛けられる。男性は敵対しているグループに属している。「名乗るほどの者ではありません」と答える。男性は「こざかしいんだよ」と悪態をつく。その時、彼女は心の中でつぶやく。

『まあその通りだなと思う。でもそれは、社会に出て十数年もした人間に対しては誉め言葉だ。そうだよくこざかしくなったな私。えらいぞ。』

そう気づけたのが、彼女のターニングポイントだったように感じた。

話は変わるが、第2話の「バスのアナウンスの仕事」に登場する江里口さんという女性がいる。主人公より十歳以上年下の先輩で、彼女もデキる女子だ。どんな事案もそつなくこなす。「江里口さんが何とかしてくれる」と信頼が厚い。ふと思った。年齢的にも合うはずだ。うちの息子のお嫁さんに来てくれないだろうか。物語と現実をごっちゃにしてしまう。私の悪い癖だ。でも妄想は止まらない。
江里口さんがどんな女性か興味がある方は、ぜひ本書を読んでみてください。第2話だけでなく他の話にも登場します。

息子のお嫁さんに…と言いながら、本当は江里口さんに転がされてみたいのだ、私は。

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