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本さえあれば、日日平安

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長迫正敏がおすすめする本です。


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本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2020/12/13 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


文庫

街道をゆく40 台湾紀行

著者:司馬遼太郎

出版社:朝日新聞出版

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街道をゆく40 台湾紀行

娘によると台湾でも「鬼滅の刃」の人気がすごいらしい。詳しく知らない娘は、日本語を教えている子どもたちから“かわいい”キメハラを受けている。
もちろんやり返しているようだが、台湾キッズに「おどりゃ~!」なんて言ってないか心配だ。もうアラサーなんだから…

そういえば娘が住んでいる台中には「福山」という地名がある。証拠としてその名が記されたバス停の写真を送ってきた。娘にとっては現在の「地元」だ。私たちの福山市と全く同じ(福山雅治とも)漢字の「福山」で「Fushan」と発音する。
大げさに言うと、娘は日本の福山から台湾の福山に嫁にいったのだ。

台湾と聞くとつい反応してしまう私は、NHKEテレ「趣味どきっ!こんな一冊に出会いたい 本の道しるべ」で渡辺満里奈さんが紹介された司馬遼太郎「台湾紀行」(街道をゆくシリーズ 40)を読んだ。興味深い話ばかりだった。

江戸時代の日本では、この島を高砂国と呼んでいた。誰かが支配しているわけではなく、無主の国、国主なき地だったという。日本への寄港地としてオランダやスペインが拠点とした時代を経て清国領となり、明治二十七年日清戦争がおこり、戦後の下関条約の結果、台湾は日本領になった。
ちなみに台湾には富士山より高い山がある。第二次世界大戦が終結して日本の統治が終了するまでの50年間、日本一高い山は富士山ではなく、台湾の「玉山」だった。旧名を「新高山(にいたかやま)」という。新しく見つかった富士山より高い山ということだ。「富士は日本一の山」ではない時代があったことに、とても驚いた。

第二次世界大戦中に日本だった台湾は、沖縄や本土と同じく空襲を受けている。そして台湾の男性は当然のように日本兵として出兵した。のちに総統になられる李登輝さんもそうだ。台湾の人たちも私たちの父母、祖父母と同じく辛く悲しい思いをされてきたのだ。

「台湾紀行」の中では、司馬遼太郎が台湾に関する様々な本を紹介されているが、その中の1冊に佐藤愛子「スニヨンの一生」(文藝春秋)がある。

中村輝夫一等兵(アミ族としての名は、スニヨン)は、インドネシアのモロタイという小島で終戦を迎えた。しかし彼が終戦を知ったのは29年後、1974年のことだ。横井正一さんや小野田寛郎さんのように、ジャングルで生活していたのだ。
台湾に帰ったスニヨンの驚きは計り知れない。日本に横井さんや小野田さんが帰ってきた時と同じくマスコミの人たちに囲まれインタビューを受けたが、スニヨンは彼らが何を言っているのかさっぱり分からなかった。日本人として育ち日本語(それとアミ語)を話していたスニヨンは、彼らの中国語が全く理解できなかったのだ。
彼の故郷はすっかり変わってしまっていた。

中村正子という妻の名も、李蘭英と中国名に変わっていた。そして彼女は再婚していた。当の彼女も驚いただろうが、再婚相手の男性はもっと驚いただろう。死亡したと思っていた前夫が帰ってきたのだ。

アミ族の社会では、男性の方が女性の家に婿入りするという結婚制度だった。男として第一の名誉は、婿入りした家の財産を増やし大きくすることだという。
“留守中”その家を繁栄させ、スニヨンの子どもを立派に成人させた彼は、スニヨンの帰還を知り静かに身を引いた。スニヨンの元に家族を戻したのだ。彼はアミ族の伝統に照らし、男の中の男だった。

本を読めば本を読みたくなる。佐藤愛子「スニヨンの一生」(文藝春秋)は残念ながら絶版のようだ。それでも私は、「街道をゆく」を通して「スニヨンの一生」という一冊に出会うことが出来た。

来年の事を言えば鬼が笑う、と言うが、「街道をゆく」シリーズ全43巻、来年中に読破できたらいいな~と考えている。

でも今回もまた「鬼」の例えで締めてしまった。まあ、ええか…

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