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本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
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本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!
2020/12/18 更新
本さえあれば、日日平安
長迫正敏がおすすめする本です。
文庫
銀の猫
著者:朝井まかて
出版社:文藝春秋
父に呼ばれて実家に行った。来客があり、一緒に話を聞くためだ。兄も妹も地元にはおらず、必然的に私が呼ばれる。書店員の私は平日の休みが多いが、病院に行くにしても何にしても、その方が好都合なのだ。
ここで言う都合が良いとは、もちろん「父にとって」である。父からの「次の休みはいつかの~?」に答えられるよう、妻はカレンダーに私の休みを記入している。
休日は父の運転手兼通訳(耳が遠いので)の付き人だ。ももクロは結成当時「週末ヒロイン」と呼ばれていたが、私は「休日マネージャー」なのだ。
お客さんを前にして、父が私を「うちの次男坊じゃ」と紹介している。次男坊って…あなたの息子はもう還暦前ですよ。まあ父にとって私は、兄や妹と比べて学業の成績は振るわず、いつまでも頼りない次男坊のままなのだろう。
父に対して「誰が坊やねん!」と今ならツッコめる。「見た目はおじさん、頭脳は子ども、次男坊です!」と自己紹介(相手にもよるが)だってできる。でも子どもの頃は、そうはいかなかった。
父は昭和一桁生まれ、「飯!風呂!寝る!」バリバリの昭和のおやじだ。まだテレビにリモコンがない時代は、チャンネルを変えさせるためだけに「オイ!」と私たちを呼び、行くのが少しでも遅いと「早よ来い!どーしょんなら!」と怒られた。
小学校の低学年のころだ。父は購入したばかりのマツダのカペラ(確かそんな車だったと思う)で、私をドライブに連れ出した。いま思えば、尾道大橋(昭和43年完成)を見せたかったのだろう。「この橋の名前を知っとるか?」といきなり質問してきたので正直に「わからん…」と答えた。父は「お前は何も知らんのじゃの~」と小バカにしてきた。
ずるいと思った。初めて連れて来られて答えられるはずがない。見た目も頭脳も正真正銘の子どもだった私には、絶対無理だ。それでも機嫌を損ね怒らすと怖い父には、ツッコむことも言い返すこともできなかった。
続けて思い出した。父の知り合いが兄と私にプラモデルをプレゼントしてくれたことがあった。クリスマスだったのかもしれない。兄は戦闘機、私には戦車だった。かなり大きなプラモデルで、小学生には作るのが難しい本格的なものだった。
漏れ聞こえてくる大人の会話を「やったー!」と思いながら聞いていた私の手元に、残念ながらプラモデルは来なかった。兄に戦闘機を渡した後、「お前にはまだ無理じゃろ~」とそのまま父が取り込み嬉々として作り始めた。
子どものワクワクを奪うなんてずるい、と思った。
そんなことを思い出していたら、お客さんに年をとって何かと不自由していると近況を説明している父が、「でもこれが、よーやってくれるんで助かっとるんですわ。」と私の肩をポンと叩いた。
驚いた。「これ」扱いはされたが、私は生まれて初めて父から褒められた。
でも、それ、いま言うか…お父さん、ずるい。
「銀の猫」 朝井まかて 文春文庫
江戸の町は、長寿の町。七十、八十の年寄りはざら、百歳を過ぎた者も居る。主人公のお咲は、「身内に代わって、年寄りの介抱を助ける奉公人」である介抱人として働いている。百人百様、一癖も二癖もあるしたたかな年寄りたちに、人生の多くを教えられる日々。