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本さえあれば、日日平安

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長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2021/06/13 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


ノンフィクション

養老先生のさかさま人間学

著者:養老孟司

出版社:ぞうさん出版

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養老先生のさかさま人間学

啓文社と同い年である父の付き添いで病院に行った。年配の看護師さんが、父の少し後ろを歩いていた私のことを「お孫さんですか?」と聞いてきた。来年還暦を迎えるこの私を、である。
「そうそう、今年大学に入った…」と軽いのりつっこみを期待したが、「いや、息子です」と即答した父。まあ、ごもっともです。
でも、ここはせめて、いつもの「次男坊じゃ!」で笑いをとってほしかった。

最近は父の休日マネージャー(2020年12月18日「銀の猫」参照)だ。病院へは車で送り迎えしている。迎えに行くと父は、国道2号線の混み具合を聞いてくる。「そんなら今日はこっちの道で行ってみいや」と指示される。
言われた通りに車を走らせ病院に着くなり、「家から何分かかったかの~」と聞いてくる。次回に備え、効率的に移動できる道順を検討しているのだ。

父は病院の行き帰りに見かける道路工事や河川工事の進行具合もチェックしている。目ざとく変化を発見しては、「ほーか、この下に通すつもりなんじゃな」とつぶやいては、「ほれ、あれじゃ、あそこに」などと今後の工事の予測を熱心に語りだす。
いま運転中なんですけど…

もちろん病院で処方される薬も本で調べている。血液検査の数値にも敏感だ。自ら体調を観察し、薬の効果を次回の診察時に報告する。医師から「どうですか?」と質問されるより前、イスに座るなり興奮気味に大きな声でしゃべりだす。
すごく熱心なのは良いのだが、主治医からは、ちょっと「めんどくさい患者」と思われているかも知れない。少なくても、私ならそう感じる。

そんな父から、わが家に関する昔ばなしを聞いた。90歳になる父が幼い頃に聞いた話だから80年以上も前だ。
自分の家が周りから「くら」という呼ばれ方をしていることを、父は不思議に思っていた。家のあだ名のようなものだが、苗字や地名が由来ではなさそうだ。

おじいさん(私にとってはひい爺さん)が教えてくれたそうだ。昔はどこの家も山の上にあった。耕せそうな平地はすべて田んぼや畑にしていた。少しでも収穫を増やすためだ。
しかし、わが家は田んぼの一角をつぶして蔵を建てた。分家であるわが家は、本家から「馬鹿なことをするな!」とひどく怒られたそうだ。
収穫量は減る。ましてや本家から分けてもらった貴重な田んぼだ。それに蔵を建てるのに借金をしたかも知れない。怒るのは当然だ。

でもその後、同じように田んぼや畑の一角に蔵を建てる人が出てきた。わが家を見て、その方が効率的だと気づいたのだ。収穫したお米や農作物を荷台に積み、しんどい思いをして山の上にある家まで運ばなくてもすむからだ。

想像してみた。お弁当と水筒、そして蔵の鍵を持って作業に向かう。農機具も蔵に保管しているからそれだけでいいのだ。やがてお昼になる。蔵に入り食事をとり一休みする。蔵の中は夏でもひんやりと涼しい。冬は暖かい。
夕暮れになり必要な作物だけを持ち帰る。途中の坂道で重たそうに荷車を引っ張って帰っている別の一家に出会う。後ろを押してあげるとお礼の言葉とともに聞こえてくる。
「うちも蔵を建てようか」

天敵がいるかもしれない海に、魚を求めて最初に飛び込む一羽のペンギンになぞって、リスクを恐れず最初の一歩を踏み出す人のことをファーストペンギンと呼ぶ。わが家が「くら」と呼ばれるようになったのも同じ理由のようだ。

話し終え「うちは先見の明があったんじゃ」と誇らしげな父。
すごいと思った。今で言う働き方改革だ。収穫量は減り経費もかかるけど、それまでの常識を疑い、効率的な方法を考え出して実践した。
なにより家族の時間と健康を優先したのだ。

父を見ていると、この気質を受け継いでいると思う。色んなことに興味を持ち、常に新しい情報を得ようとする姿勢。より良い方法を考えて実践する行動力。
私にも、きっと…

「養老先生のさかさま人間学」 養老孟司 ぞうさん出版

広島県北広島町にある「ぞうさん出版」の最新刊は、解剖学者で 東大名誉教授、そして大ベストセラー『バカの壁』の著者・養老孟司先生の新聞コラムをまとめたものです。
「毎回、何か適当な漢字を一つ選んで、それについて、自由に思うことを書く」という趣旨で始まった連載は、「選ばれた字をヒントにものを考えるのが自分なりの楽しみだった」と言われます。
そして、さとうまなぶさんのイラストに養老先生の飼い猫のまるが登場するおかげで「とげとげしくならず気持ちが和んだ。」と“はじめに”に書かれています。

見開き2ページで読みやすく、対象が小中学生ということもあり分かりやすく書かれています。でも養老先生の考え方を押しつけるのではなく、「~なぜなんでしょうね。」とか「~考えてみましょうね。」と自分なりの答えを出すように促しています。
思い込みにとらわれず、観察することの大切さ。自分で考える面白さを教えてもらえる1冊です。

そんな父と比べて、「お孫さんですか?」との冗談を真に受けてマスクの下でニヤリと笑い、コラムのネタが出来たと喜んでいる私って…
それも個性だということでお許しください、ご先祖様。

言い忘れました。100年前に建てられたわが家の蔵は、全く同じ姿でとは言えませんが、いまも実家の母屋の後ろに静かにたたずみ、見守ってくれています。

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