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本さえあれば、日日平安

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長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2021/07/14 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


文庫

自分の中に毒を持て〈新装版〉

著者:岡本太郎

出版社:青春出版社

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自分の中に毒を持て〈新装版〉

私たち夫婦は自他ともに認めるバカップルだ。結婚して30年以上になるが、いまだに広瀬香美の「ゲレンデがとけるほど恋したい」ごっこをして遊んでいる。「♪コートの上から抱きしめといて“ちょっと太った?”なんて聞かないで~」という歌詞の通り、妻をぎゅっとハグしては「ちょっと太った?」と聞いてみる。すると彼女は、ウフフと笑いながらいつもの答えを返してくれる。
「“ちょっと”じゃないんよ~、“えっと”太ったんよ💕」

といってもこの遊びは季節限定だ。夏場になると「も~暑いけぇ寄ってこんといて!」と、昨日とは人が変わったようにキレる。私はこれを「B型女子の手のひら返し」と呼んでいる。
梅雨が明けてしまった。よって、しばらく「ごっこ遊び」はお預け。毎年のことだが、暑い季節が来ると私の心は寒くなるのだ。

そんな妻が用事を思い出したのか、慌てて準備をして弾丸のように飛び出した。やれやれ鬼の居ぬ…、もとい妻の居ぬ間にお昼寝でもしようかと寝室に行った。私のベッドに妻のスカートが放置してあった。
「も~寝られんじゃんか!」とスカートを手にして気づいた。ウエストのところがゴムだ。びよ~んと伸びるゴムだ。しばらく伸び縮みさせていると、ふいに試してみたくなった。幸い家には誰もいない。このスカート、はけるかも?

ちょっと何を考えてんだ俺。いい年をして妻のスカートをはくなんて。
でも、ちょっと興奮してきた。いったん落ち着いて考えようと血圧を測ってみた。やっぱり、ちょっと高めだ。何だか、さっきから「ちょっと」、「ちょっと」を連呼している。本当に今日はちょっと変だ。夏のせいかしら・・・

別に法律で禁止されているわけではない。他人に迷惑もかけない。家の中でどんな格好をしようが自由だ。それに女子と一緒に暮らしている男子なら、誰もが一度は試したことがあるはずだ。私なんぞ、むしろ遅いぐらいではないか。
人生は挑戦だ。もしかするとこの年で、今まで気づかなかった新しい自分に目覚める可能性だってある。

そう思って勇気を出し片足を入れた瞬間、急に視線を感じた。そして背中越しに、「もしもし」、「もしもし」と呼ぶ声が。そこに居たのは・・・

「自分の中に毒を持て 〈新装版〉」 岡本太郎 青春文庫
― 自分自身の生きるスジは誰にも渡してはならないんだ。たとえ、他人にバカにされようが、けなされようが、笑われようが、自分が本当に生きている手ごたえをもつことがプライドなんだ。人生を真に貫こうとすれば、必ず、条件に挑まなければならない。いのちを賭けて運命と対決するのだ。そのとき、切実にぶつかるのは己自身だ。己が最大の味方であり、また敵なのだ。 —

本書は、「啓文社スタッフおすすめ本フェア」第2弾に選ばれている中の1冊。
「心の拠り所となることばがあふれ、生き方を少しだけ楽にしてくれます。気付かされる事がたくさんあります。」

この本をおすすめしているポートプラザ店Oさんのコメントに惹かれて手にした。
私は勘違いしていた。岡本太郎は激しい人、自分にも他人にも厳しいだけの人だと思っていた。天才で破天荒、私のような凡庸な人間からは、もっとも遠いところにいる人だと。
だが読んでみると弱い人、コンプレックスを抱え悩んでいる人へのまなざしは優しかった。確かに甘やかしてはくれない。慰めてもくれない。だが決して突き放すことはしない。むしろ真剣に、誠実に向き合ってくれている。
大人はもちろん周りのみんなに理解してもらえないという、孤独で絶望的な闘いに挑んでいた幼少期。十八歳で単身パリに渡った彼の前に立ちふさがる、壮麗で、そして圧倒的なヨーロッパ社会の非常な壁。
自身の辛い経験を語りながら諭してくれる。それを暑苦しいと感じて拒否するか、血を流し、痛みを感じながら受け止めるのか、読み手の自由だ。

そして岡本太郎といえば、“芸術は爆発だ”
私は、この言葉も勘違いしていた。「爆発」とは、ドカンと大きな音が響いて、物が飛び散り、周囲を破壊する爆発ではない。全く違うと彼はいう。音もしない。物も飛び散らない。「爆発」とは自分自身を解放すること、無条件でパーッとひらくこと。人生は本来、瞬間瞬間に、無償、無目的に「爆発」しつづけるべきだ、という。
ポートプラザ店Oさんのコメントにあるように、「生き方を少しだけ楽にしてくれる」1冊だった。

「もしもし」、「もしもし」と私を呼ぶ声の主は、オカメインコのキイちゃんだった。妻のマネをしていたのだ。「何だ、驚かすなよ」と言ったその後、私は自分自身を解放できたのか?
それは、ちょっと言えない。 

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