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本さえあれば、 日日平安

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長迫正敏がおすすめする本です。


2021/08/25 更新

本さえあれば、 日日平安


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文庫

とにかくうちに帰ります

著者:津村記久子

出版社:新潮社

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とにかくうちに帰ります

「とにかくうちに帰りたい。切ないぐらいに、恋をするように、うちに帰りたい。」
家が好き、奥さんが大好きな私は、勤務中にそんなことばかり考えているアラ還だ。

これが冗談ともいえない状況が、この10日間続いていた。
JRで通勤しているので、大雨が降っている時は運行状況が気になる。店長Mをはじめスタッフの皆さんも気にして、「電車が動いているうちに早く帰った方がいいですよ。」と声をかけてくれる。
翌日入荷するコミックの場所を空け、夕方5時に店を出て駅に向かった。雨の中を歩くこと15分、やはり電車に遅れが出ていた。徐行運転中とのこと。それでも動いている。

助かった。翌日は休みなので少々遅くなっても構わない。コンビニで少しばかりの食べ物(ここぞとばかりのスイ~ツ!)と飲み物を買い、本を読みながらゆっくり待つことにした。
鞄の中には、10年くらい前に読んだ文庫が2冊。最近は、以前読んだ本の中から気に入った作品を再読している。その時は「武士道シックスティーン」(誉田哲也/文春文庫)と「小鳥を愛した容疑者」(大倉崇裕/講談社文庫)が入っていた。
息子が中学生から高校生にかけて、「読書会」と称しては本を貸し借りしていた。と言っても、私が読んだあとに「これ面白かったよ!」と言って渡していただけだ。もちろん、うっふん♥な感じの小説は除いて(;^ω^)

息子が貸してくれるのはラノベだった。でもシリーズの5巻目だけって…

そんなことを思い出しながら、同じように改札口に集まって来る人々を観察していた。皆さん事情や性格が違うので対応も様々だ。
掲示物を見ては、すぐに踵を返す会社帰りと思われる男性。スマホを取り出し、同じ所をぐるぐる歩き廻りながら焦った口調で状況を説明している女性。遅れを表示している掲示板をバックに、笑顔で自撮りしている若者グループ。駅員さんに強い口調で、何度も何度も同じ質問を繰り返しているおじいさん。いくら声を荒げても、電車はすぐには来んよ…

非常時には、その人の本質が現れる。小心者なのにのんびり屋の私は、「まぁ何とかなるじゃろー」とたかをくくり、1時間ほど待っていると遅れていた電車が到着。やれやれと乗り込むと少し先で倒木があったとのことで、一駅進んだだけで復旧待ちのため停車した。さらに1時間ほど車内で待っていると、復旧のめどが立たず本日の運行はここで終了します、とのアナウンスが…
えっ!もう電車動かんの?

「とにかくうちに帰ります」 津村記久子 新潮文庫

うちに帰りたい。切ないぐらいに、恋をするように、うちに帰りたい。職場のおじさんに文房具を返してもらえない時。微妙な成績のフィギュアスケート選手を応援する時。そして、豪雨で交通手段を失った日、長い長い橋を渡って家に向かう時。それぞれの瞬間がはらむ悲哀と矜持、小さなぶつかり合いと結びつきを丹念に綴って、働き・悩み・歩き続ける人の共感を呼びさます六篇。

解説・西 加奈子
『津村記久子さんのセンスって、どないなことになっているのだろう。~ 津村さんは、とにかく見ている。私たちの「取るに足らないとされる」感情を、出来事を、真剣に見てくれている。クソみたいでも、極小の規模でも、それが「起こっている」限り、なかったことにしない。それがきっとたった一行で説明できることでも、言葉を尽くして書いてくれる。~雨の中、みんなが家に帰る話。それがどうだ。こんなにも私たちの心に迫る、そして私たちにも覚えのある物語になる。』

私も含めた乗客は、その駅でみんな降ろされた。またまた少し強い口調で駅員さんに詳細な説明を求める人、タクシーに乗り合わせて新幹線の駅まで向かう人、スマホで検索(宿泊施設?)している人と様々だ。
いやいや、私も人間観察している場合ではない。慌てて家に電話すると「迎えに行こうか?本でも読んでゆっくり待っといて」、奥さんの明るい声に救われた。

タクシーが次々に到着して人々が駅から去っていく。車掌さんも電車内を確認してはドアを閉め、電気を消して一礼して立ち去った。JR西日本227系「レッドウイング」の車両と私だけが駅に残された。だんだん心細くなってきた。もう22時過ぎだ。

「遅くなってごめん」と息子を運転手に従え、タッパーにドライカレーと大判焼きを携えた、おばさん天使が現れた。

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